父上との話が終わり、自分の部屋に戻る。
「あ、帰ってきたわね。私、考えたんだけど、仮病でも使って田舎に行くのはどう? もしくは、バカを装って勘当されるのを待つの」
エリーゼは待っていた間に考えていたのだろう。
「どっちも却下。必要ないね」
そう言って、ベッドに腰かけ、項垂れる。
「えっと……どうしたの?」
エリーゼが膝の上に乗り、見上げてきた。
「父上に家を出たいって話してきた。勝手にしろって言われた」
「え?」
「その場にいた兄上には鼻で笑われた」
「………………」
僕、本当にどうでもいいって思われてたんだな。
「前世でも上司や同僚に裏切られた。今思えば、両親もどこかおかしい気がする」
借金を僕に押し付けてないか?
「ウィル?」
「僕は誰にも愛されていないんだね……」
前世も……今世も……僕の人生って何だ?
「そんなことないわよ。そいつらがクズなだけ。あんたを愛する人は今後、現れるでしょうし、友人だって、奥さんや子供だってできる。何よりも私がいるわよ」
ああ……エリーゼ、僕の愛しい猫よ。
「エリーゼ、出よう。ここにはいたくない」
「落ち着きなさい。今は夜よ? 家を出るのは明日にしましょう」
確かに今出ても寝床を探さないといけなくなる。
「確かにそうだね。出発は明日の朝にしよう」
「ええ。ウィル、お金は持ってる?」
「小遣いがあるかな。えーっと……」
エリーゼを抱え、デスクに行くと、引き出しを開ける。
「結構あるわね」
「金貨100枚はあるんじゃないかな?」
良いとこの貴族なもんで。
「ウィル、空間魔法は使えるわよね?」
「もちろん」
僕は使い魔持ちの魔法使いなんだ。
実際、クソ雑魚ボスだが、魔法攻撃はそこそこだった。
問題はそれ以外の耐久面が紙だったことだが……
魔法封じを使えば、1ダメージしか与えてこない通常攻撃だけをしてくる雑魚。
「この部屋の金目になりそうなものは持っていきましょう。それと布団ね」
「泥棒じゃない?」
「あんたの部屋のものでしょ。親も何も言わないわよ」
それもそうか。
「じゃあ、荷造りをしようか」
「ええ」
僕達は手分けして、お金になりそうな調度品や魔法の本を空間魔法に収納していった。
そして、あらかた準備を終えると、壁にかけられた地図の前に立つ。
「家を出るとしてもどこに行くかだね」
「そこはゲーム知識があるあんたに任せるわ」
うーん……
「ウェイブかな?」
この国の南にある町を指差す。
「ここ? なんで?」
「まず、ここから離れていること。それとここは南のリット王国の国境沿いにある。もし、家に何かあって呼び戻されそうになったらリットに逃げられる」
いくらウチが大きな貴族とはいえ、その影響力が及ぶのは国内だけだ。
「なるほどね。ゲーム的には?」
「それも理由の一つ。ここは特に大きなイベントがないんだ。仲間が入るイベントもあるけど、エリーゼと一緒で強制イベントじゃないんだよ」
しかも、何かの事件が起きるわけでもない。
「ふーん、じゃあ、そこでいいんじゃない? 問題は結構な距離があることね」
歩いていったら何日かかるんだろう?
「歩きは……無理かな? お金がかかるかもしれないけど、馬車で地道に行こうか」
「馬車ねー……いや、やめた方がいいわね。トラブルの元よ。貴族の坊ちゃんが護衛も付けずに寄り合い馬車に乗ったら悪い大人の餌食ね」
それもそうだ。
「じゃあ、歩き? 僕、軟弱ボーイだよ?」
「雑魚だもんね」
うん。
「道中で死んじゃうんじゃない?」
「安心しなさい。私がいるわ」
エリーゼはそう言うと、ぴょんと腕から床に飛び降りた。
「どうするの?」
「私がそのウェイブに連れていってあげるわ」
連れていく?
「転移魔法?」
そういう魔法もゲームではあった。
「そんな上位魔法じゃないわよ。単純に連れていくだけ」
エリーゼがそう言うと、光りだす。
すぐに光が止んだのだが、そこにはさっきまでの小さな猫の姿はなく、僕よりも大きい巨大な猫の姿に変わっていた。
「おー! 大きい!」
そういえば、仲間になるエリーゼは戦闘の時だけ大きな猫に変わるんだった。
「大きいでしょ? 偉大さを感じるでしょ?」
エリーゼはドヤ顔だ。
「すごーい!」
大きくなったエリーゼに抱きつくと、もふもふを堪能をする。
ものすごく柔らかいし、暖かい。
「ふふん! わかったでしょ? これが偉大なエリーゼ様よ? 捨てるんじゃないわよ?」
エリーゼを捨てるなんてとんでもない!
「捨てないよ。じゃあ、それでお願い」
「了解」
僕達は灯りを消すと、ベッドに行き、就寝した。
翌日、朝早くに起きた僕は着替え、布団を収納すると、朝食も食べずに屋敷を出る。
そして、門を抜け、屋敷の敷地を出ると、振り返った。
「見送りもないね」
メイドも執事もまったく僕を見なかった。
「良いことじゃないの。もうあんたはこことは関係ない。悪役貴族にもならないし、勇者に討たれることもない。ただのウィリアム・アシュクロフトよ」
エリーゼの言う通りだ。
「エリーゼ、ありがとうね。多分、僕一人だったら家を出るという勇気はなかったと思う。これからも一緒にいてね」
「私はあんたの使い魔よ。一緒にいる」
うん。
「行こう」
僕達は屋敷をあとにし、門に向かって歩いていく。
「携帯食でいいから何か買っていきなさい」
「わかってる」
店はどこかなと思い、周囲を見渡した。
すると、周囲にいる人達と目が合うのだが、皆、すぐに目を逸らし、そそくさとどこかに行ってしまう。
「評判最悪って本当なんだね。明らかに避けられている」
滅多に外に出ないし、出ても馬車での移動だったからわからなかった。
「仕方がないわよ。さっさと出ましょう」
「うん」
僕達は歩いていき、途中で見つけた露天のパン屋でパンをいくつか買った。
そして、門まで行き、そのまま町を出ると、街道を歩いていく。
なお、門を抜ける際、門番が僕をチラッとだけ見たのだが、完全にスルーだった。
「もう通達されているんだね」
「多分、引き返したら入れてくれないわよ」
だろうね。
「いいよ。もうあの町に戻る気はない。未練もないし、戻っても良いことなんてない」
「その通りよ。そろそろ出番ね」
エリーゼはそう言うと、ジャンプして着地すると、すぐに大きくなった。
「やっぱり大きくても可愛いね」
もふもふー。
「抱きつくんじゃなくて乗りなさい」
エリーゼが伏せて乗りやすいようにしてくれたので跨るように乗る。
すると、エリーゼが立ち上がってくれたのだが、いつもより高かったのでちょっと興奮した。
「重くない?」
「軟弱ボーイが何言ってんのよ?」
まあ、このサイズ差はね……
でも、いつもは小さい猫だから心配になってしまう。
「行ける?」
「ええ。行きましょう。しっかり捕まっていなさいね」
エリーゼがそう言うと、視界が急に高くなった。
「え? 飛んでる?」
「飛んでるわね」
「エリーゼ、飛べるんだ……」
虎に翼?
「これでウェイブまでひとっ飛びよ」
「すごーい」
エリーゼはそのまま宙を駆けるように進んでいく。
「空の旅に連れていってあげる」
エリーゼがそう言うと、上昇しながら進んでいく。
振り返ると、、自分が住んでいた町の全貌が見える。
高いし、ちょっと怖い気持ちもあったが、前世でもこんな町を見下ろすことなんかなかったのでかなり興奮した。
「すごいね!」
「でしょ? これからもこういう風景が見たいなら私を捨てないことね」
エリーゼ、かなり気にしているな。
捨てないのに……
「じゃあ、ウェイブまで行こう」
「ええ。南ね。飛ばすわよ!」
僕達は空を駆け、新しい平穏な人生を目指し、生まれ育った町をあとにした。
