エリーゼとしりとりをしながら勉強をしていると、窓の外から見える日が沈み始める。
「早いもんだね」
「そう? それよりもマリーはどうなったかしら?」
どうだろ……実技で挽回できたのか、それともダメだったか……
「さあねー……学校が始まって見かけなかったら察するよ」
あの様子では多分、すべり止めでも錬金術科には来ないだろう。
そうなると、別の学校だろうな。
「せっかくお友達ができそうだったのにね」
友達か……
「どうだろうね? そもそも科が違うし、男女は難しいんだよ?」
ちょっと詳しい振りをしているのは否定しない。
「いや、ある意味簡単だと思うけど……」
それ、友達じゃないよ。
「言いたいことはわかったよ。でもまあ、なるようになる。ご飯、行こうか」
「そうね」
エリーゼを抱えると、部屋を出る。
すると、ちょうど前の部屋の扉が開き、僕より背の高い茶髪の男子が出てきた。
「おーっと、新しく人が入ってたのか」
「こんにちは」
素性がわからないので軽く頭を下げる。
「ああ。ここにいるってことは新1年生だろ? 俺は魔法科のランディ・アーロンだ」
アーロン……聞いたことないし、貴族ではないね。
「僕はウィリアム・アシュクロフト。錬金術科だね」
「んー? アシュクロフト?」
ランディは腕を組んで悩みだす。
「北部の貴族の家だよ」
「あー、はいはい。あのアシュクロフトね……え? 錬金術科なの? アシュクロフトって魔法使いの家じゃなかったか?」
詳しいな……
もしかして、北部の出身なのかな?
「そうだね。でも、錬金術師になりたいんだよ」
「ふーん……それで試験の時に見なかったのか」
「ランディはいつからここにいるの?」
マリーが今日、試験を受けているし、それより前に受けているはずだ。
「俺は2週間くらい前かな? 地元出身だからさっさと受けて、さっさと寮に入った」
地元なんだ……
「地元なのに寮なの?」
家から通えば良くない?
「1人暮らしっていうのをしてみたくてな」
「それはちょっとわかるね」
「だろ? それに奨学金でかなり安い。俺はどうせ地元に就職するから実質半額なわけだ」
出るわけじゃないのか。
「へー……」
「あ、飯に行くのか?」
「うん、夕食」
「そうか……うーん……」
ランディがまたもや考え込む。
「どうしたの?」
「ちょっと来い」
ランディは僕の腕を掴むと、自分の部屋に連れ込んだ。
「こら! 私のウィルを部屋に連れ込むんじゃないわよ! 何する気!?」
「うわっ! 猫がしゃべった! びっくりしたー……」
エリーゼが急にしゃべりだしたのでランディがびくっとする。
「ごめん、紹介してなかった。使い魔のエリーゼ」
「使い魔か……え? 使い魔がいるの? 錬金術師じゃないのか?」
使い魔を持っている錬金術師なんていない。
使い魔は魔法使いの補佐をするのが役目なのだ。
「元々は魔法使いを目指してたから」
目指してはいないが、あの家では自然と魔法を学ぶのだ。
「そうか……色々あるんだな」
「まあね。それで何? 内緒話?」
「そんなところだ。ウィルは自分の家の評判を知っているか?」
もうウィル呼ばわり。
この人、ものすごいコミュニケーション能力だ。
「知ってるよ。家を出る時に町を歩いたけど、町の人からあからさまに避けられたし」
「そうか……うん、まあ、そういうこともある。それでな、アシュクロフトの評判の悪さはこの離れたウェイブにもそこそこ届いてるんだ」
そんな気はする。
この町出身で平民のランディが知ってるくらいだもん。
「それで?」
「ちょーっと嫌な気分になるかもしれない」
覚悟の上だ。
「それは仕方がないよ。でも、そのうちなんとかなるんじゃない? 僕は別に何かをするつもりもないし」
というか、悪役貴族ってどうすればいいのかもわからない。
「お前さんを見ていると、そんな気はする。でもな、それ以上にちょっと問題があるんだ……実は一週間前に俺と同じ魔法科の生徒が入寮したんだよ。ジスラン・グランジュだ」
グランジュ……アシュクロフトと同じ魔法の名門貴族だ。
「そういうこと……」
「多分、今、下に降りると遭遇する。いつまでも避けられるものではないから行ってもいいが、絡んでくる可能性が大だから覚悟をしておいた方が良い」
関わりたくないが、同じ寮にいるならいつかは遭遇するか。
「わかった」
「あともう一つの情報があるんだが、ル・メールの御令嬢もいる。そいつらは一緒に試験を受けたんだよ」
ル・メールか。
またもや優秀な魔法使いを輩出している大貴族だ。
「多いね……」
「多いな……そういうわけだから気を付けろよ」
気を遣っているわけか。
良い人だな。
「それにしてもランディは貴族に詳しいね」
「まあ、こういう学校を選んだからな。事前に色々調べるさ」
世渡り上手っぽい。
「エリーゼ、どう思う?」
「グランジュもル・メールも無視でいいでしょ。どうせ科が違うわけだし、ライバル関係になることもない。そもそもあんたは家を出たんだから家のことなんか関係ないわよ」
確かにそうだ。
「貴族による平民いじめとか?」
「私がぶっ殺してやるわよ」
「それはやめてね……」
他国まで逃げないといけなくなる。
「可愛い顔して怖い猫だな……」
怖くないよ!
可愛いだけだよ!
