部屋に戻ってきた僕達はお風呂に入り、ベッドに寝転ぶ。
 一応、身体を清潔にする魔法もあるし、これまではそれを使っていたのだが、やはりお風呂というのは精神的にもリフレッシュできるのでちゃんと毎日入らないといけないと思った。

「ようやくまともな生活に戻れたね」

 布団が気持ちいい。

「以前の生活と比べると、あまり良くはないけどね」

 貴族の生活と比べたらね。
 でも、今で十分だ。
 人間は良い生活すぎてもダメになる気がする。

「明日は調度品を売りに行こうか」
「買い叩かれるんじゃない?」

 子供だもんな。

「それは仕方がないよ。とにかく、生活の足しにしたい。将来的にはアトリエを開くつもりだけど、それにもお金がいる。学校に通いながらお金を貯めないと」
「大変ねー。でもまあ、それが普通か」
「そうそう。2人で頑張っていこうよ」
「そうね。この私に任せておきなさい。それよりもさっきの2人はどうだった?」

 ん? マリーとリサかな?

「どうって? 優秀な魔法使いに見えたけど?」
「なんかありそうじゃなかった? 昨日はあんなに警戒してたのに今日は普通だったでしょ?」

 一番の違いはお嬢様の方が前に出たことだな。
 まあ、普通は主がしゃべって、メイドは控えるのが当たり前なのだが。

「多分、他国にもアシュクロフトの悪評が届いていたから警戒したんでしょ。でも、実際は弱そうな僕だし、家を出ているからね」
「ふーん、まあ、同じ学校に通う人間だし、嫌われないようにしなさいね。店を開くならそういう評判も大事よ? お客さんになるかもしれないんだから」

 それもそうだな。
 なるべく、いい顔をしておこう。
 まあ、どちらにせよ、ケンカするような度胸もなければ、強さもないんだけどね。

「わかった」
「あと、お嬢様の方もメイドさんも可愛かったわね?」

 確かに可愛かったと思う。
 マリーはまだ少女の面影があるが、絶対に美人に育つんだろうなと思えたし、メイドさんもメイドだけど、深窓の令嬢っぽかった。

「エリーゼの方が可愛いよ。ほら、おいで」

 エリーゼを抱きかかえる。

「ふんだ」

 いやー、この子は本当に可愛いな。

 僕達はそのまま一緒に寝ると、翌日には調度品を売りながら町を巡っていった。



 ◆◇◆



「ふーむ……」

 書類を眺めながら考え事をしていると、ノックの音が響いた。

『学園長、ダニエルです』

 呼んでいたダニエル先生だ。

「入ってください」

 そう答えると、扉が開き、まだ若い茶髪の男性が一礼し、部屋に入ってきた。
 そして、デスクにつく私のもとにまでやってくる。

「お呼びですか?」
「ええ。実は昨日、ウィリアム・アシュクロフトという者がウチの入学試験を受けました」
「アシュクロフトですか……北部の大貴族ですね。何故、その家の者が?」

 ダニエル先生がわずかに眉をひそめた。

「家を出たそうです。実際、アシュクロフトに問い合わせたところ、3男のウィリアムが家を出たとの回答がありました」
「また変わった子ですね。わざわざ家を出なくてもいいでしょうに」

 それはそうだ。

「本人は夢があり、やりたいことがあるとのことです」
「へー……それで? 試験の結果は?」
「見事満点です。もちろん、適性試験も問題なく、魔力は青だそうです」

 最高の青だ。
 実にすばらしい。

「青……それはすごいですね。さすがはアシュクロフトと言うべきでしょうか……」

 アシュクロフトは魔法の名家でもある。
 昔はそれで名や功績を挙げ、今日の大貴族になったのだ。
 最近はちょっと良くない噂が多いが……

「ウィリアム君の入学をどう思いますか?」
「できれば反対したいです。アシュクロフトですよ?」

 私も現当主を見たことがあるが、あまり好印象の男ではなかった。

「夢を持った純粋な子供でしたね」

 アトリエを開くのが夢らしい。
 良く言えば、可愛らしい。
 悪く言えば、夢見がちな子だ。

「アシュクロフトがですが?」
「ええ。どうも家をあまり出たことがない子のようですね。末っ子のようですし、本当にその辺にいる少年といった感じだそうです」
「ふーむ……それならまあ、そのウィリアムには問題がないでしょうな。ですが、今年はル・メールやグランジュのガキが入学します。そちらの方と何かありそうですね」

 ル・メール家やグランジュ家はアシュクロフト家と並ぶ大貴族の家だ。
 そして、ライバル同士の家であり、仲は良くない。

「その辺は生徒の自主性に任せます。それにどちらも魔法科志望でしょう?」
「ん? ウィリアムは錬金術科志望なのですか?」

 ダニエル先生が少し驚く。
 これだけの魔力があるなら普通は魔法科を選ぶ。

「ええ。だからあなたを呼んだのです」

 ダニエル先生は錬金術科の教師なのだ。

「私が担当ですか……しかし、青なのに錬金術師とはまた宝の持ち腐れですね。自分の担当する科をこう言いたくありませんが、ウチはすべり止めですよ?」

 錬金術科は試験が楽なため、魔法科の試験に落ちた生徒が入ることもある。

「本当にそう言ってほしくはありませんね。錬金術も立派な学問であり、錬金術師も国や人々に貢献する誇るべき職業です」
「それはもちろんわかっております。ですが、魔力が青で魔法の名家であるアシュクロフトの人間が錬金術志望ですと、どうしてもそういう感想になります」

 まあ、わからないでもない。

「ウィリアム君には夢があると言ったでしょう? 将来は錬金術師としてアトリエを開きたいそうです。実際、町の奨学金の申請もしていますし、本人は本気でしょう。生徒の夢を否定してはいけません」
「わかりました。しかし、貴族のいざこざは知りませんよ?」

 ダニエル先生は貴族ではなく、平民だからな。

「ええ。それで構いません。では、ウィリアム君は合格ということで」
「ハァ……オリアンヌ先生にこの前の魔法科の試験の時の様子を聞きました。グランジュのガキは優秀みたいですけど、ル・メールは筆記試験が微妙みたいですよ?」

 ル・メールの御令嬢はすべり止めかもしれないということか。
 となると、ウィリアム君と同じ科……

「そうですか。色々大変かもしれませんが、ウィリアム君の使い魔の猫はとても可愛いらしいですよ? 癒されてください」
「使い魔持ちって……すでに魔法使いでも上の方じゃないですか」

 使い魔は魔法使いのみが所持しているパートナーだ。
 初心者はまず契約できない。

「頑張ってください」
「頑張ります……では、失礼します。ハァ……」

 ダニエル先生はため息をつきながら部屋を出ていった。