次の日から私は少しメイクを薄くすることにした。
 理由は私とヒカリ以外にメイクをしている女子はこの学園にはいないから。

 あと、特に可愛さをアピールしたい男子も誰一人居ないという、悲しい事実もある。
 それでも、毎朝の髪とスカートのプリーツのアイロンかけは習慣なのでやめられなかった。

 ♢

 バリアフリーでドアを開け放していクラスの敷居に入る前に、私は廊下の向こうから教室に居る女子のメンツの値踏みをした。
 ヒカリが居ない間、休み時間や昼休みを一緒に過ごせる友だちを作らなきゃならないからだ。
 
 狙うのは、よっ友以上ゆる友未満。

(あの子は暗いし、あの子はヲタクっぽいからパス。
 うーん、アレなら普通(マシ)かな?)

 浅井マサキ。

 たまにヒカリが声をかけてあげる大人しい子。
 スタイルはいいけど顏が平面的でパッとしない。

 三十分早めに起きてメイクでもしたら変わるのに。
 私は狙いを定めて一直線にマサキの元に行った。

「おはよう、マサキさん。」

「あ・・・田中さん、おはよう。」

 カバンから文房具を出していたマサキは、私に気づくと目を丸くしてこちらを見上げた。

 まぁ、そうなるよね。
 私から挨拶するのは初めてだもん。
 
 間発入れずに私はマサキの持ち物に目を光らせた。

「あ、そのスマホケース可愛いね。」

「ありがと。」

「どこで買ったの?
  私も色チで欲しいな。」

「街の地下街の一角にある雑貨屋だよ。」

「ああ、マルちゃんストアだよね。
 前の学校の近くだったから、分かるよ。
 クレープ屋とカラオケの間だよね。」

「そうそう。
 さすがよく知ってるね。」

「あそこのカラオケ屋のハニトーにクレープ盛って仲間の生誕祭するのがテンプレだったからね。」

「甘そう!」

「わざとやって、甘すぎて『うへぇ』ってなる顏をエンスタにアップするの!」

「へぇ、楽しそう…。」

 マサキは少し引き気味だけど、マシンガントークをしている私に獲物を逃す気はない。
 離れた場所から柾の友だちの女子たちが遠巻きに私たちを見ているのに気づいたけど、私はお喋りを止めなかった。

(分かるよ。)

 私は優越感に浸っていた。

(昨日まで自分と同レベルだったのに、一軍女子と話している友だちが急に遠くに行ったように思うよね。
 でも安心して。
 ヒカリが戻ってくるまでの繋ぎだから、マサキは。)

 スマホショップの位置検索のためにアプリを開いた私は、ついでにマサキのSNSアドレスもゲットして席に戻った。

 なんとなく周囲の視線が私に集まっているようで、少し気分がいい。

(そうかヒカリが居ない分、私がこのクラスの一軍をひとり占めできるんだ。)

 私はカバンから女優ライトつきの大きな鏡を取り出して、ファンデーションのパフを額に押し当てた。
 やっぱり私に地味メイクは似合わない。

 抑え気味だったマスカラを思い切りつけてボリュームアップさせると、もとの自分に戻れた気がした。

 ヒカリが帰ってくるまで部活も休もうと決めていたけど、マサキと話せた成功体験から私は物怖じせずに行こうと決めた。

 ヒカリが居なくても、私は私。

 教室の窓に大きな蜘蛛が見事な巣をつくっているのを横目で見ながら、私はSNSアプリの個人画面に初スタンプを押した。

 ♢

 お昼になると私は、一目散にマサキの机の前に走った。

(あれ?)

 マサキの机の横には、すでに背の低い女子が立っていた。
 名前はたしか、クズヤだったと思う。

 マサキよりも素朴というか、ボーイッシュで粗野な雰囲気のある生徒だ。
 そういえばマサキと二人で行動しているのをよく見かける。

(ヒカリとは仲良く無さそうなコだけど、仕方ないか。)

 私はクズヤとマサキの間に入るように満面の笑顔で切り出した。

「お昼、一緒にいいかな?」

 二人は一瞬、お互いの顔を見合わせてからニッコリと笑った。

「いいよ。」

 ほらね、ぜんぜん大丈夫。

 むしろ私が来てくれて感謝しかないでしょ?
 私はマサキの横の席を陣取ると、ランチボックスを机の上に乗せた。
  
 ♢
 
 私は昼休み中、クズヤは無視してずっとマサキに質問していた。

 とくにマサキに興味はない。
 
 でも共通の話題がないからこそ、とにかく質問攻めで時間を稼ぐしかない。
 思っていた通りマサキは私やヒカリが好きな雑誌やアイドル、美容の話にはピンとこないようだった。

 つまんない。
 早くヒカリが帰ってこないかな。

 話がひと段落したところで、それまで静かだったクズヤが急に話に入って来た。

「ヒカリは今日、どうしたの?」

「家の農家の手伝いが忙しいみたい。
 来月まで休学するんだって。」

「ああ、五月だからね。」

 クズヤはヒカリの家のことを知っているみたいで、すんなり納得した。

「なに、五月って。」

 マサキが話を蒸し返すと、クズヤがボソボソと呟いた。

「ヒカリの家、米農家なんだよね。この時期は毎年休学するの。」

 マサキがアッと口に手を当てた。

「ああ、クーちゃんはヒカリと同小だったもんね。
 家も近いんでしょ。」

「そ。
 うちも米じゃないけど農家だし、なぜか高校まで一緒。
 腐れ縁てやつ?」

 私は『昔からヒカリを知ってます』という体のクズヤの態度に腹が立った。

「それもあるけど…。」

 私は少し高いトーンの声を出して二人の話に割って入った。

「今回はおじいちゃんの介護が大変で、お母さんが忙しいみたいなんだ。
 それでお家の手伝いをしているみたい。
 偉いよね。ヤングケアラーってやつ?
 私にはできないから尊敬しちゃうなぁ。」 

「ヒカリを尊敬?」

 ポカンと口を開けたクズヤがマサキが互いの顏を見合わせて、プッと声を出して笑いだした。

「ヤバ。
 田中さん、良い人すぎ。」

「ちょ、やめなよ。」 

 私は背中に冷や汗を感じながらも、明るく聞いた。

「え、ヒカリを尊敬するのって、オカシイかな?」

 二人がまた顏を見合わせて、少し申し訳ないような顔になる。

「変なこと言ってゴメンね。
 忘れて。」

「なにそれ、教えてくれないの?
 むしろ気になっちゃうよ―ッ。」

 それきりクズヤは押し黙ってしまい、私は昨日観たSNSで配信された動画の話を延々と二人に話して聞かせることになった。

 笑顔はキープしつつも、私の心の中はグラグラと煮えたぎる鍋のようだった。

(もしかして、今のはヒカリを私に取られたマウントのつもり?
 クズヤには負けられない!)

 私は背中に回したお弁当の割りばしをへし折った。