自分の席で担任に渡された転入書類を確認していた私の横で、肩肘をついて見守っていたヒカリが勝手に紙を一枚取り出した。
「ヒカリがアオの代わりに書いてあげるね。」
「え、ホントに?」
スラスラとヒカリがサインした紙は、部活への入部届だった。
「美術部?」
「そう。アオも一緒に青春しよ。」
意外なことに、ヒカリは美術部に所属していた。
てっきり運動部のマネとかチア部とかだと思っていたのに。
「絵、好きなの?」
そう聞くと、ヒカリは恥ずかしそうにピンクのカーティガンの袖を伸ばした。
「ううん。
実は動機は不純なんだ。」
「どんな?」
「好きな先輩に憧れて入ったんだよね。
あ、その先輩は卒業してもういないんだけどさ。」
「それな!」
私も前の学校ではイケメンの先輩に憧れていたからよく分かる。
先輩に憧れるのはいばらの道だ。
すると、ヒカリは身を乗り出して私の手を取った。
「分かってくれちゃうの?」
「あるある!」
「だよね~!
アオなら共感してくれると思った‼」
その言葉に私はヒカリの理解者として認められた気がして、優越感を覚えた。
「先輩ロスで部活を辞めようか迷ってたんだけど、大会のチーム制作の人数がギリギリですぐには辞められないんだ。
でも、アオが居れば部活も楽しいかなって。
ね、ダメかな?」
「いいよ!」
「やったあ! ありがとう‼
今日の放課後、みんなに紹介するね!」
(私には絵心とかないけど、とりま、ヒカリが居れば大丈夫だよね。)
♢
入部を決めたのは安易な考えだったけど、美術部の引き戸を開けると、私は一瞬で後悔した。
美術部の面々はクラスの人以上に素朴な人たちの集まりで、まるで違う人種。
明らかに空気が違う。
「今日から入部する田中アオさんです。」
若くてイケメンな部活の顧問が私を紹介すると、ヒカリはいつも通りのテンションで話し始めた。
「昨日転校してきたウチの親友のアオでーす。
みんなヨロです!」
陽気にはしゃいでいるのはヒカリだけ。
ブルーのビニール地のエプロンを身につけた他の部員たちはか細い声で「宜しく。」というと、大きなキャンバスに顏を戻した。
女子の先輩が三人、男子の先輩が一人。
背が高い女子の先輩と背の低い女子の先輩は眼鏡をかけていて、中くらいの背の女子の先輩は長い髪を編み込んで背中に垂らしている。
男子の先輩はのっそりとした大柄なクマみたいな人だった。
一度挨拶したきり、寡黙に絵を描き続ける部員たち。
私に興味を示す人は誰も居ない。
(何コレ? 公開処刑じゃん。)
私は笑顔の口の端を引きつらせた。
(こういうときは、嘘でも歓迎ムードを出すべきでしょ?
これが田舎の排他的な気質ってやつ⁉)
私はそのまま回れ右して帰りたくなったけど、ヒカリに嫌われたくないから踏みとどまった。
そんな私には気づかないヒカリは、グルリと教室を見まわした。
「あー、今日はハルトは休みかぁ。」
「ハルト?」
ヒカリは申し訳なさそうに首をすくめた。
「本当は同学年の男子が居るんだけど、今日はお休みみたい。
明日来たら、改めてアオに紹介するね。」
「全然。気にしないで。」
これ以上、無機質な対応をされたくない。
作り笑いを浮かべた私は天井を仰いだ。
(そのうち慣れる…かな。)
「じゃあ、まずはデッサンから始めよっか。アオも美術の授業で描いたことあるでしょ?」
「あ、石膏とか描くやつ?」
「そ、いきなり石膏じゃなくても立体の静物なら何でもいいよ。
例えば、そこにある消しゴムでもいいし!」
「さすがに消しゴムくらいは描けるから、石膏にしとく。」
やんわりとツッコみを入れた私は、カバンから筆記用具を出して石膏の前に座った。
ヒカリは私に画板と画用紙を渡して、隣の席に腰かけた。
「私も今日はデッサンにしよっと。」
ヒカリは画板に画用紙を嵌めると、鼻歌をハミングしながら小型のアナログなラジオの電源をつけた。
ノイズウェーブの軽快なBGMとDJの声が大音量で静かな部室に響き、目を丸くした私。
私の様子に気がついたヒカリが、慌てて音量のつまみを回して音を下げた。
「あ、ゴメン。ラジオうるさくない?」
「だいじょぶ。びっくりしただけ。」
「絵描いてるときに音がないと寂しいから、私はラジオつけてるの。」
「へぇ、そうなんだ。私は気にしないよ。」
「良かった。あ、この曲好き。」
ヒカリが急に歌を口ずさみ始めた。
私も知っている曲だけど、タイトルは何だっけ。
「懐かしいね。何のドラマ?」
「えーと、あの俳優が出てたドラマだよ。今、新ドラマの主役やってるよね。」
ヒカリも名前が出てこないようだ。
私は記憶の欠片を絞り出した。
「ん-と、山っち?」
「川Pじゃなくて。」
「山っち川P?」
「それは違うやろ!」
私たちの笑い声が静かな教室に高らかに響く。
ヒカリと喋るとすぐに波長が合って、他愛もないことで盛り上がってしまう。
(楽しい!)
都会の一軍グループで、流行や女子の立ち位置を気にして生活していた時よりも、気の合う友だちを独占しているほうが何倍も楽しいことに気づいた。
「ヒカリがアオの代わりに書いてあげるね。」
「え、ホントに?」
スラスラとヒカリがサインした紙は、部活への入部届だった。
「美術部?」
「そう。アオも一緒に青春しよ。」
意外なことに、ヒカリは美術部に所属していた。
てっきり運動部のマネとかチア部とかだと思っていたのに。
「絵、好きなの?」
そう聞くと、ヒカリは恥ずかしそうにピンクのカーティガンの袖を伸ばした。
「ううん。
実は動機は不純なんだ。」
「どんな?」
「好きな先輩に憧れて入ったんだよね。
あ、その先輩は卒業してもういないんだけどさ。」
「それな!」
私も前の学校ではイケメンの先輩に憧れていたからよく分かる。
先輩に憧れるのはいばらの道だ。
すると、ヒカリは身を乗り出して私の手を取った。
「分かってくれちゃうの?」
「あるある!」
「だよね~!
アオなら共感してくれると思った‼」
その言葉に私はヒカリの理解者として認められた気がして、優越感を覚えた。
「先輩ロスで部活を辞めようか迷ってたんだけど、大会のチーム制作の人数がギリギリですぐには辞められないんだ。
でも、アオが居れば部活も楽しいかなって。
ね、ダメかな?」
「いいよ!」
「やったあ! ありがとう‼
今日の放課後、みんなに紹介するね!」
(私には絵心とかないけど、とりま、ヒカリが居れば大丈夫だよね。)
♢
入部を決めたのは安易な考えだったけど、美術部の引き戸を開けると、私は一瞬で後悔した。
美術部の面々はクラスの人以上に素朴な人たちの集まりで、まるで違う人種。
明らかに空気が違う。
「今日から入部する田中アオさんです。」
若くてイケメンな部活の顧問が私を紹介すると、ヒカリはいつも通りのテンションで話し始めた。
「昨日転校してきたウチの親友のアオでーす。
みんなヨロです!」
陽気にはしゃいでいるのはヒカリだけ。
ブルーのビニール地のエプロンを身につけた他の部員たちはか細い声で「宜しく。」というと、大きなキャンバスに顏を戻した。
女子の先輩が三人、男子の先輩が一人。
背が高い女子の先輩と背の低い女子の先輩は眼鏡をかけていて、中くらいの背の女子の先輩は長い髪を編み込んで背中に垂らしている。
男子の先輩はのっそりとした大柄なクマみたいな人だった。
一度挨拶したきり、寡黙に絵を描き続ける部員たち。
私に興味を示す人は誰も居ない。
(何コレ? 公開処刑じゃん。)
私は笑顔の口の端を引きつらせた。
(こういうときは、嘘でも歓迎ムードを出すべきでしょ?
これが田舎の排他的な気質ってやつ⁉)
私はそのまま回れ右して帰りたくなったけど、ヒカリに嫌われたくないから踏みとどまった。
そんな私には気づかないヒカリは、グルリと教室を見まわした。
「あー、今日はハルトは休みかぁ。」
「ハルト?」
ヒカリは申し訳なさそうに首をすくめた。
「本当は同学年の男子が居るんだけど、今日はお休みみたい。
明日来たら、改めてアオに紹介するね。」
「全然。気にしないで。」
これ以上、無機質な対応をされたくない。
作り笑いを浮かべた私は天井を仰いだ。
(そのうち慣れる…かな。)
「じゃあ、まずはデッサンから始めよっか。アオも美術の授業で描いたことあるでしょ?」
「あ、石膏とか描くやつ?」
「そ、いきなり石膏じゃなくても立体の静物なら何でもいいよ。
例えば、そこにある消しゴムでもいいし!」
「さすがに消しゴムくらいは描けるから、石膏にしとく。」
やんわりとツッコみを入れた私は、カバンから筆記用具を出して石膏の前に座った。
ヒカリは私に画板と画用紙を渡して、隣の席に腰かけた。
「私も今日はデッサンにしよっと。」
ヒカリは画板に画用紙を嵌めると、鼻歌をハミングしながら小型のアナログなラジオの電源をつけた。
ノイズウェーブの軽快なBGMとDJの声が大音量で静かな部室に響き、目を丸くした私。
私の様子に気がついたヒカリが、慌てて音量のつまみを回して音を下げた。
「あ、ゴメン。ラジオうるさくない?」
「だいじょぶ。びっくりしただけ。」
「絵描いてるときに音がないと寂しいから、私はラジオつけてるの。」
「へぇ、そうなんだ。私は気にしないよ。」
「良かった。あ、この曲好き。」
ヒカリが急に歌を口ずさみ始めた。
私も知っている曲だけど、タイトルは何だっけ。
「懐かしいね。何のドラマ?」
「えーと、あの俳優が出てたドラマだよ。今、新ドラマの主役やってるよね。」
ヒカリも名前が出てこないようだ。
私は記憶の欠片を絞り出した。
「ん-と、山っち?」
「川Pじゃなくて。」
「山っち川P?」
「それは違うやろ!」
私たちの笑い声が静かな教室に高らかに響く。
ヒカリと喋るとすぐに波長が合って、他愛もないことで盛り上がってしまう。
(楽しい!)
都会の一軍グループで、流行や女子の立ち位置を気にして生活していた時よりも、気の合う友だちを独占しているほうが何倍も楽しいことに気づいた。



