パパが運転するワンボックスカーに揺られていた私は、田舎に向かうにつれてどんどん家の灯りが消えていく景色に薄ら寒い気持ちになった。
 
 嫌な予感。 
 私は真っ暗な田んぼが続く車窓を見つめながら、後部座席から助手席のママの肩を指でつついた。

「ママ…めっちゃ暗くない?」

「田舎なんだから当たり前でしょ。
 街灯が少ないから、夜に出歩く時は懐中電灯を持って歩いたほうがいいかもね。」

「まさか。」

 その時は田舎をディスるブラックな冗談だと思って笑ったけど、すぐにそれが真実だと知ることになる。

「ここが新しい家だぞ。」

 一本の街灯が頼りなく照らす何もない場所に、瀟洒なレンガ作りの一軒家。
 隣近所はかなり遠くに離れている。

 車から降りると家の前は雑草と土だらけ。
 お気に入りのヒール靴が一瞬で真っ黒に汚れて、私は顔をしかめた。

 そんな私の様子には気づかないパパが、誇らしそうに家を紹介した。
 
「思い切って買った中古物件なんだ。」

「買った? 」

 私はパパの言葉を疑った。

「借家じゃなくて?」

 いつもは辞令に即対応できるように、借家かアパート暮らしが定番だったはずなのに・・・。
 なんで急に?

「都会じゃ住めないぞこんな豪邸。
 地下室やサウナ室だってついているんだ。
 前は町長が住んでいたらしい。」

「素敵なお家でしょ? パパと内見した時に一目ぼれしたのよね。
 特にアイランドキッチンが綺麗で広くて、ママのお気に入りなの。」

 家は見上げるほど大きな二階建て。
 都会で住んでいた2LDKの狭い木造アパートとは全くの別物だとひと目でわかる。

(だけど…。)

 パパとママのはしゃぎぶりにはついて行けず、家の周りの見渡す限りの田園風景に私は唖然としていた。
 三人家族には十分…いや、もったいないと思えるほどの大きな家だ。

 私の様子に気がついたパパが、声をかけた。
 
「アオは来年受験だから、静かな環境で落ち着いて勉強ができるよな。」

「勉強なら周りがうるさくてもできたよ。」

 私はうつむいたままつぶやいた。

「え?」

「こんなところ嫌。もとの家に帰る。」

「なに言ってるの?
 もうあのアパートは引き払っちゃったのよ。」

 ママがたしなめるように言い、私の肩に手をかける。
 
 ママはいつも正しいことしか言わない。
 私は肩の細い手を汚いもののように振り払った。

「どうせまた、パパは何年も経たずに転勤するんでしょ? ならこんな家なんて意味ないじゃん。」

「そんな心配をしていたのか。」

 パパは優しい声で私に近づいた。

「今回の支店は人口が少ないせいか人が定着しないから、十年は居てくれって本社にお願いをされているんだ。
 だから安心しなさい。」

「じ、十年⁉」

 私は驚いて声が裏返った。 

「ここからコンビニは?」

「あるいて15分くらいに一軒あったわよね。」

「ワックは? スイゼは?」

「ファーストフードやファミレスはないよ。」

「ウーパーは?」 

「配達地域外だったような…。」

 私が質問するたびに、パパとママの顏が曇っていく。

「私は嫌だよ、こんな田舎!
 引っ越す前に、どうして私に相談してくれなかったの⁉」

 泣くのをこらえながら震える声を絞り出すと、ママと顏を見合わせたパパが私の肩を引いて胸に抱き寄せた。

「急に決まった転勤だったから、アオに相談せずに決めて悪かった。
 でも、アオを無視したわけじゃない。
 むしろ受験のこととかアオの将来のことを考えて家を買ったんだぞ。」

 そんなこと、分かってる。
 聞きたかったのはそんな言葉じゃない。

「帰りたい! 帰りたい!」

 私は感情がブチンと振り切れた。
 パパの胸を突き飛ばし、幼い子供のように駄々をこねた。

「アオ、子供じゃないんだから。」

 ママが少しキツイ言い方になり、パパも頭を掻いて私から離れた。

「もうワガママ言うのはやめなさい。
 ほら、少しは荷物持つのを手伝って。」

 私はそれ以上何も言えない。

 この人たちに何を言ってもムダなのは過去の経験から分かっている。

 いつもそうだ。

 私のためとか言ってるけど、結局はパパの昇進とかママの自己満足のためで私のことはほんの数パーセント。
 私という個人の存在は、子供と言う名の単なる親の所有物。

 でも、親ガチャ失敗とは思っていない。

 この両親に庇護されている身としては、この環境を甘んじて受け入れなければならないことくらい、中学生の頭でも理解できるから。

 私は胸の奥の苦しい気持ちをしまい込みながら、無言で自分の荷物だけを持って家に入った。