三森の丘自然センターは広大な畑と田園を一望できる高台にある。
風が強い午後、私とヒカリはエンスタに投稿するダンス動画を撮るためにこの丘にある展望台を訪れていた。
ダンス動画を撮り終えて古い売店でソフトクリームを食べると、ヒカリがいつもの調子で話し始める。
「また先生からメールが来たの。
ヒカリが居ないとダメなんだって。
私、愛されすぎてるよね。」
「また、その話?」
「だって、アオにしか話せないじゃん!」
レイカにも話しているくせに。
私のこころの奥底で、意地悪な種の芽が顏を出した。
私は思い切って切り出した。
「ヒカリ、もう不倫はやめな。」
「え?」
「悪いけど、ヒカリの恋は汚いと思う。
応援できないよ。」
「ヤダ、アオったらマジメな顔してどうしたの?」
「ヒカリだってダメなことだって分かってるでしょ?
もし私が奥さんや子供だったら許せない。」
「でも、好きなんだもん。
いつか先生も奥さんと別れるって言ってるし。」
「ネットで調べたんだけど、慰謝料って高いらしいよ。
奥さんに請求されたら払える?」
「バレないって。」
「バレてないと思ってるのは二人だけでしょ。
学校のみんなは分かってんだから、時間の問題だよ。」
ヒカリの顏が見たことのない形に歪んだ。
「どうして急に冷たくするの?
もしかしてレイカに何か言われた?」
「私の友だちはアオしか居ないの。アオだって、私しか居ないでしょ?」
「私だけに話すとか言ってたくせに、レイカにも話してたよね。
自爆もいいところだよ。」
「それでもムリ。絶対に別れない‼」
後ずさりしたヒカリが展望デッキの手すりに体重をかけた途端、耳ざわりな音が鳴り響いてアルミの手すりがありえない方向にずれた。
「ヒカリ!」
アッと思った時にはヒカリがバランスを崩してよろめき、半壊の手すりとともに宙にぶら下がっていた。
「キャアアア!」
私は夢中で悲鳴を上げるヒカリに向かって手を差し伸べる。
手すりはメキメキと金属音を唸らせるが、私がヒカリの体重を支えると音が止んだ。
眼下には目が眩むほどの絶景が広がる。
「アオ、絶対に手を離さないで!」
見たことがない必死の形相で絶叫するヒカリ。
私はヒカリの重さに手が痺れながら、妙に頭だけ冷静になった。
「先生と別れるって言ったら助ける。」
「今、それどころじゃないでしょ!」
「ヒカリこそ今、私に強く言える立場なの?」
「分かった。分かったから!」
「何が分かったの?」
自分でも頭がおかしいと思うくらい、私はヒカリに言質を迫った。
「言ってよ、ちゃんとここで!
先生は諦めるって‼」
「もう先生は諦めるから!
だから、お願いだから助けて‼」
「良かった・・・。」
私は、ヒカリ腰のベルトに手をかけて踏ん張り、なんとかヒカリを上に引き上げた。
ヒカリも泥まみれになりながら、半壊の手すりと私の腕をつかんで這い上がってくる。
お互いに体力が限界だった。
ようやく引き上げたヒカリは、私の横に息も絶え絶えに倒れ込んだ。
「死ぬかと思った…。」
「バカなことしてゴメン。
でも、私ヒカリと本当の友だちになりたかったの。」
「こっちこそ、ゴメンね。」
ヒカリが青ざめた顏に少し赤みが戻る。
「アオは、私のこと大好きなんだね。」
ヒカリに言われて自覚した。
そうかもしれない。
いわゆる男女間のスキとは違うけど、この執着は他に例えようがない。
すがすがしい気持ちで地面に仰向けになっていると、
ヒカリの呟きが聞こえた。
「もう・・・アオは私が居ないと、何もできないんだから。
そーゆーところはパパそっくりだね。」
いま、なんて言ったの?
♢
「まさか。」
私は全身の血の毛が引いた。
急に春に見た過去の記憶がフラッシュバックする。
塾の帰り道、興味本位で街中の歓楽街を横切った時のこと。
腕を組んで歩くパパみたいなスーツの男性と若いミニスカの女子の姿を見た。
それに、ヒカリの肩の白い猫の毛。
あれはうちの猫のシャーロットの毛に似ていた。
記憶に残る女の子の姿がヒカリと一致する。
♢
「アオ、大丈夫?」
私はうつむいたままヒカリに訊ねた。
「パパと寝たの?」
「え?」
「パパと寝たのかって聞いたのよ!」
「寝てないよ。
アオのパパは私のこと、娘みたいに大事にしてくれてるよ。
引っ越しまでしてくれるなんて、愛しかないでしょ。
だから私もアオを大事にするつもりでいたんだ。
変な感じになっちゃったけど、これからもよろしくね。」
「…。」
「何?
もう一度言ってよ。」
「汚いんだよ!」
私は頭の中の残像を振り払うように、ヒカリの背を崖に向かって思い切り突き飛ばした。
風が強い午後、私とヒカリはエンスタに投稿するダンス動画を撮るためにこの丘にある展望台を訪れていた。
ダンス動画を撮り終えて古い売店でソフトクリームを食べると、ヒカリがいつもの調子で話し始める。
「また先生からメールが来たの。
ヒカリが居ないとダメなんだって。
私、愛されすぎてるよね。」
「また、その話?」
「だって、アオにしか話せないじゃん!」
レイカにも話しているくせに。
私のこころの奥底で、意地悪な種の芽が顏を出した。
私は思い切って切り出した。
「ヒカリ、もう不倫はやめな。」
「え?」
「悪いけど、ヒカリの恋は汚いと思う。
応援できないよ。」
「ヤダ、アオったらマジメな顔してどうしたの?」
「ヒカリだってダメなことだって分かってるでしょ?
もし私が奥さんや子供だったら許せない。」
「でも、好きなんだもん。
いつか先生も奥さんと別れるって言ってるし。」
「ネットで調べたんだけど、慰謝料って高いらしいよ。
奥さんに請求されたら払える?」
「バレないって。」
「バレてないと思ってるのは二人だけでしょ。
学校のみんなは分かってんだから、時間の問題だよ。」
ヒカリの顏が見たことのない形に歪んだ。
「どうして急に冷たくするの?
もしかしてレイカに何か言われた?」
「私の友だちはアオしか居ないの。アオだって、私しか居ないでしょ?」
「私だけに話すとか言ってたくせに、レイカにも話してたよね。
自爆もいいところだよ。」
「それでもムリ。絶対に別れない‼」
後ずさりしたヒカリが展望デッキの手すりに体重をかけた途端、耳ざわりな音が鳴り響いてアルミの手すりがありえない方向にずれた。
「ヒカリ!」
アッと思った時にはヒカリがバランスを崩してよろめき、半壊の手すりとともに宙にぶら下がっていた。
「キャアアア!」
私は夢中で悲鳴を上げるヒカリに向かって手を差し伸べる。
手すりはメキメキと金属音を唸らせるが、私がヒカリの体重を支えると音が止んだ。
眼下には目が眩むほどの絶景が広がる。
「アオ、絶対に手を離さないで!」
見たことがない必死の形相で絶叫するヒカリ。
私はヒカリの重さに手が痺れながら、妙に頭だけ冷静になった。
「先生と別れるって言ったら助ける。」
「今、それどころじゃないでしょ!」
「ヒカリこそ今、私に強く言える立場なの?」
「分かった。分かったから!」
「何が分かったの?」
自分でも頭がおかしいと思うくらい、私はヒカリに言質を迫った。
「言ってよ、ちゃんとここで!
先生は諦めるって‼」
「もう先生は諦めるから!
だから、お願いだから助けて‼」
「良かった・・・。」
私は、ヒカリ腰のベルトに手をかけて踏ん張り、なんとかヒカリを上に引き上げた。
ヒカリも泥まみれになりながら、半壊の手すりと私の腕をつかんで這い上がってくる。
お互いに体力が限界だった。
ようやく引き上げたヒカリは、私の横に息も絶え絶えに倒れ込んだ。
「死ぬかと思った…。」
「バカなことしてゴメン。
でも、私ヒカリと本当の友だちになりたかったの。」
「こっちこそ、ゴメンね。」
ヒカリが青ざめた顏に少し赤みが戻る。
「アオは、私のこと大好きなんだね。」
ヒカリに言われて自覚した。
そうかもしれない。
いわゆる男女間のスキとは違うけど、この執着は他に例えようがない。
すがすがしい気持ちで地面に仰向けになっていると、
ヒカリの呟きが聞こえた。
「もう・・・アオは私が居ないと、何もできないんだから。
そーゆーところはパパそっくりだね。」
いま、なんて言ったの?
♢
「まさか。」
私は全身の血の毛が引いた。
急に春に見た過去の記憶がフラッシュバックする。
塾の帰り道、興味本位で街中の歓楽街を横切った時のこと。
腕を組んで歩くパパみたいなスーツの男性と若いミニスカの女子の姿を見た。
それに、ヒカリの肩の白い猫の毛。
あれはうちの猫のシャーロットの毛に似ていた。
記憶に残る女の子の姿がヒカリと一致する。
♢
「アオ、大丈夫?」
私はうつむいたままヒカリに訊ねた。
「パパと寝たの?」
「え?」
「パパと寝たのかって聞いたのよ!」
「寝てないよ。
アオのパパは私のこと、娘みたいに大事にしてくれてるよ。
引っ越しまでしてくれるなんて、愛しかないでしょ。
だから私もアオを大事にするつもりでいたんだ。
変な感じになっちゃったけど、これからもよろしくね。」
「…。」
「何?
もう一度言ってよ。」
「汚いんだよ!」
私は頭の中の残像を振り払うように、ヒカリの背を崖に向かって思い切り突き飛ばした。



