「それでね、先生が昨日の夜にメールしてきたんだけど、ハートをつけた文章ばっかり送るから、誰かに後ろから見られたらヤバイよって笑っちゃったぁ。」
ヒカリを問い詰めると、あっさりと先生との不倫を認めた。
「むしろ秘密にしているのが苦しかったから、バレて良かった。」
そう言い切った彼女に私はウンザリして、やんわりと嗜めた。
「ヒカリ、もうやめなよ。
先生は子供も居るんでしょ?
慰謝料とか請求されたら払えないでしょ。」
「大丈夫。
奥さんにバレてないって先生が言ってたから。」
「そう思ってるのは先生とヒカリだけかもよ?」
冷たく突き放すと、ヒカリが甘えるように私の胸に泣きついてくる。
「つめたーい!
こんなこと、アオにしか相談できないないのに。」
ヒカリはずるい。
私が「アオにしか」というワードに弱いことを知っている。
私だけがヒカリの秘密を共有しているという自尊心が頭をもたげてきて、私はまたヒカリの話を聞いてしまう。
まるで底なしのアリジゴク。
私はヒカリの柔らかい髪を撫でながら窓の外を眺めた。
それはそれでいいと思っていた。
あの日までは。
※
その日は珍しくヒカリが風邪で一日休みだった。
久しぶりにレイカと放課後にワックに来た。
ポテトとシェイクに手を付ける前に、レイカが思い詰めたようなため息を吐いた。
「どした?」
「いや、何でもない。」
何でもありそうな顏じゃん。
ヒカリの件を後ろめたく思っていた私はレイカの話を深掘りすることにした。
「悩みがあるなら聞くよ。」
「悩み・・・こんなこと言っていいか分からないけど、私の悩みじゃないんだけどね。」
「ずいぶんと遠まわしの言い方だね。」
「実は、友だちがパパ活してるかもしれなくて。」
私はドキリとした。
「その友だちって…もしかして、ヒカリのことじゃないの?」
「ハァ。
もう、一人で悩んでも苦しいから、アオには言っちゃおうかな。
こっちに来て。」
レイカが私をカーテンの中に誘う。
私たちは秘密の話をするとき、クラスのカーテンに隠れて話すのがセオリーだった。
昼間でもカーテンの中に入ると映画館に入ったようにうす暗くて、外の音もある程度遮断される。
私と向き合ったレイカが、声のトーンを下げて私に耳打ちした。
「ヒカリがね、いつも不倫の相談をしてくるの。」
私は鳥肌が立った。
「え、その話をレイカにも話しているの?」
「あ、アオも知ってるの?
私には誰にも話せないって・・・。」
「私も、私にしか話してないと思ってた。」
私とレイカは緊張が解けたように笑い合った。
ミントのような清涼感がスッと胸を満たした。
「なにそれ。みんなに秘密って言いながら暴露してるのかもね。」
「ありえる。」
ひとしきり笑い合ったあと、レイカが声のトーンを落として切り出した。
「私、本当はヒカリが苦手なの。
アオがヒカリを好きだから我慢してたけど、もう無理。
ヒカリがアオのそばにいるときは、私はアオに話しかけないことにする。」
「そう、だったんだ。」
本当は、レイカがヒカリを苦手なことも、ヒカリがレイカを嫌っているのも知っていた。
でも、ずっと気づかないフリをしていただけ。
「ずっとアオに言いたかったんだけど、ゴメンね。」
「私こそ、レイカが苦しんでるのを分かってたのに、話聞いてあげられなくてゴメン。
友だち失格だよ。」
私は軽率に嘘を吐く。
テンプレートみたいな言葉の羅列がスラスラと出てくる自分に、我ながら嫌気がする。
レイカが驚いたように私の肩に手を置いた。
「そんなことないよ。
アオは、優しいから流されやすいんだよ。
私はちゃんと分かってるよ。
強そうに見えるけど、アオは、純粋で素直なだけ。
私の前では強がらなくてもいいよ。」
レイカの優しさが私の胸の底の琴線に触れた。
こんなに誰かが私のこころに干渉してくるのは初めての経験だった。
私は初めて友だちの前で涙をこらえた。
それは上辺だけの涙ではなく、真実の涙のような気がした。
ヒカリを問い詰めると、あっさりと先生との不倫を認めた。
「むしろ秘密にしているのが苦しかったから、バレて良かった。」
そう言い切った彼女に私はウンザリして、やんわりと嗜めた。
「ヒカリ、もうやめなよ。
先生は子供も居るんでしょ?
慰謝料とか請求されたら払えないでしょ。」
「大丈夫。
奥さんにバレてないって先生が言ってたから。」
「そう思ってるのは先生とヒカリだけかもよ?」
冷たく突き放すと、ヒカリが甘えるように私の胸に泣きついてくる。
「つめたーい!
こんなこと、アオにしか相談できないないのに。」
ヒカリはずるい。
私が「アオにしか」というワードに弱いことを知っている。
私だけがヒカリの秘密を共有しているという自尊心が頭をもたげてきて、私はまたヒカリの話を聞いてしまう。
まるで底なしのアリジゴク。
私はヒカリの柔らかい髪を撫でながら窓の外を眺めた。
それはそれでいいと思っていた。
あの日までは。
※
その日は珍しくヒカリが風邪で一日休みだった。
久しぶりにレイカと放課後にワックに来た。
ポテトとシェイクに手を付ける前に、レイカが思い詰めたようなため息を吐いた。
「どした?」
「いや、何でもない。」
何でもありそうな顏じゃん。
ヒカリの件を後ろめたく思っていた私はレイカの話を深掘りすることにした。
「悩みがあるなら聞くよ。」
「悩み・・・こんなこと言っていいか分からないけど、私の悩みじゃないんだけどね。」
「ずいぶんと遠まわしの言い方だね。」
「実は、友だちがパパ活してるかもしれなくて。」
私はドキリとした。
「その友だちって…もしかして、ヒカリのことじゃないの?」
「ハァ。
もう、一人で悩んでも苦しいから、アオには言っちゃおうかな。
こっちに来て。」
レイカが私をカーテンの中に誘う。
私たちは秘密の話をするとき、クラスのカーテンに隠れて話すのがセオリーだった。
昼間でもカーテンの中に入ると映画館に入ったようにうす暗くて、外の音もある程度遮断される。
私と向き合ったレイカが、声のトーンを下げて私に耳打ちした。
「ヒカリがね、いつも不倫の相談をしてくるの。」
私は鳥肌が立った。
「え、その話をレイカにも話しているの?」
「あ、アオも知ってるの?
私には誰にも話せないって・・・。」
「私も、私にしか話してないと思ってた。」
私とレイカは緊張が解けたように笑い合った。
ミントのような清涼感がスッと胸を満たした。
「なにそれ。みんなに秘密って言いながら暴露してるのかもね。」
「ありえる。」
ひとしきり笑い合ったあと、レイカが声のトーンを落として切り出した。
「私、本当はヒカリが苦手なの。
アオがヒカリを好きだから我慢してたけど、もう無理。
ヒカリがアオのそばにいるときは、私はアオに話しかけないことにする。」
「そう、だったんだ。」
本当は、レイカがヒカリを苦手なことも、ヒカリがレイカを嫌っているのも知っていた。
でも、ずっと気づかないフリをしていただけ。
「ずっとアオに言いたかったんだけど、ゴメンね。」
「私こそ、レイカが苦しんでるのを分かってたのに、話聞いてあげられなくてゴメン。
友だち失格だよ。」
私は軽率に嘘を吐く。
テンプレートみたいな言葉の羅列がスラスラと出てくる自分に、我ながら嫌気がする。
レイカが驚いたように私の肩に手を置いた。
「そんなことないよ。
アオは、優しいから流されやすいんだよ。
私はちゃんと分かってるよ。
強そうに見えるけど、アオは、純粋で素直なだけ。
私の前では強がらなくてもいいよ。」
レイカの優しさが私の胸の底の琴線に触れた。
こんなに誰かが私のこころに干渉してくるのは初めての経験だった。
私は初めて友だちの前で涙をこらえた。
それは上辺だけの涙ではなく、真実の涙のような気がした。



