放課後、美術室に入ると珍しく顧問の藤原が部室にいた。

 ヒカリは体調不良で部活を休んだけど、痴話ゲンカでもしたのかな?
 二人の関係が分かると色々と勘ぐってしまう。

 私は部活の静まり返った雰囲気を初めて好ましく思った。

 ♢

「田中さん、悪いけど時間ある?」

「はい、少しなら。」

 部活終わりに吉田先輩に呼び止められた私は、部室に残った。

 スクールバスに乗る前に早く鏡を出してヨレたメイクを直したい。
 でも、時間がかかりそう。

 モジモジしていた吉田先輩が顔を真っ赤にして口を開いた。

「田中さん、僕とつき合おう!」

 私はすぐに頭を下げた。

「ゴメンなさい!」

「ウソだろ⁉」

 吉田先輩の形相が変わり頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

 そんなに落ち込む?
 少し罪悪感を感じていると、吉田先輩が驚愕の一言を放った。

「君が僕を好きだと思ったからコッチから告白してやったのに!」

 は?

「何のことですか?」

「ハッハーン、そういうことね。
 僕に気があるように見せて、フる。
 そうやって僕を弄ぶ遊びなのだろう?」

「そんなつもりは…。」

「部活のみんなに言いふらしてやる!
 君が悪い女だってな。」

 おかしな展開になってきた。
 私は自分の体をギュッと抱きしめた。

「やめてください!」

「じゃあ、僕の彼女になってよ。
 もう、お母さんにも言ってあるんだ。
 明日、彼女を連れて来るって。」

 脅し?
 この人、アタオカだ。

 私が部室のドアに向かって走ろうとすると、後ろから吉田先輩に羽交い絞めにされた。

「逃げるな‼」

「やっ、離して!」

「この時間、この教室には誰も来ないよ。」

 吉田先輩の荒い吐息が私の耳たぶにかかって、私はゾッとした。
 
 マジでヤバイって!
 誰か…助けて‼

「何やってんの。」

 急に目の前の横戸が開いて、部室に入って来たのはハルトだった。

「助けて!」

 私は吉田先輩の強い腕の中で、夢中でハルトに助けを求めた。

「誤解だよハルト!」

「俺には関係ないけど、これって現行犯だよね。
 見苦しいよ熊パイセン。」

「チッ…。
 覚えていろよ。」

 吉田先輩は私を乱暴に突き飛ばすと、足早に部室を出ていった。

 ♢

「助けてくれてありがとう。」

 私は乱れた制服を直しながら、ハルトに頭を下げた。

 ハルトに悪いイメージしかなかった私は、少し彼を見直した。
 マンガなら、こういうイベントから恋が始まるのよね。

「別に。
 それより気をつけろよ。」 

 ハルトが私を心配している?
 私の頭の中は一瞬でお花畑になった。

 ハルトならアリかな。

「そんなことないよ。」

「そう見えるんだよ。
 絵が好きでもないのにヒカリに合わせて美術部に入ってみたり、気がある態度して今みたいに熊先輩に迫られたり。」

 ズバズバと核心を突いてくるハルトに、私はめまいがした。

「やめて。」

「本当は弱いのに小型犬みたいにキャンキャン吠えるから、かわいそうで見てられない。」

 私がかわいそう?
 残念イケメンに抱いた淡い恋心は儚く消え去って、私は混乱した。

 なおもハルトは口撃してきた。

「ケバいメイクや短いスカート履いて、それが可愛いとでも思ってる?
 男からしたら軽そうとか遊んでそうに見えるよ。
 自業自得だよ。」

 私はハルトの言葉にイライラして叫んだ。

「親の都合で何もない田舎に来ただけなのに、クソダサイ奴らに何で私の評価をされなきゃならないの?
 しかも被害者は私だよ?
 何でアンタに責められなきゃならないのよ⁉」

「ようやく本心吐き出したね。」

 ハルトは静かに微笑んだ。

「いつも苦しそうな顏でヘラヘラして本心隠してるみたいだから、一回ケンカしてみたかったんだ。
 ストレス発散できた?」

「ハァ?」

「ほら、ケンカしたあとってスッキリするでしょ。」

 空気読めないのは残念イケメンの本領発揮か。
 私はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、部室を後にした。