六月になると湿気混じりの暑さが汗を呼んだ。
 今日はにわか雨が降る予報だから、余計に不快指数が増すだろう。

 そんな中、ママに起こされた私は良いニュースを聞いた。
 
「新しい制服が届いてるわよ。」

 夏用のセーラー服を着てみると素材が違うせいか、前の制服よりも軽く・涼しく感じた。
 スカーフをいちいち結ぶなくてはならないのが面倒だけど、ボウタイよりは可愛いからいいか。

 可愛いと甘いは正義!
 それな。

「その裾、短すぎない?」

 新しい制服を着た私を見たママが心配そうにする。

「平気。
 オーダーして届くまでに成長しちゃいました~で通るから。」

「ホントに?
 先生たちチョロすぎない?」

 ママが眉をひそめた。

「お、制服届いたんだな。」

「パパ、おはよう。」

 やけに顔が浮腫んでいるパパがヨレヨレのスーツを持って居間に現れた。

 昨日は飲み会で遅かったわりには、やけに機嫌が良さそうだ。

「これ、頼むな。」

 ママがスーツを無言で受け取る。
 クリーニングに出すという暗黙の了解だ。

 パパが私をマジマジと見つめた。

「やっぱりセーラー服は可愛いな。
 気をつけろよ。
 田舎にも変質者は居るからな。」

(キモ…。)

 変質者のクダリではなく、私のセーラー服を見てそれを連想したパパの思考に吐き気を催した。
 ママがスーツを軽く丸めてパパに質問した。

「そういえばあなた、昨日は何時に帰ってきたの?」

「12時くらいかな。
 久しぶりに上司と飲んだんだけど、愚痴が止まらなくて参ったよ。」

(12時? ウソばっかり。)
 私が電気消してベットに入ったのが12時過ぎだけど、パパが帰ってきた気配はしなかった。

「上司って女性?」

「いや、オトコに決まってるだろ。」

 ママが鼻をひくつかせた。

「このスーツ、やけに香水臭いわよ。」

 気まずい緊張感が部屋に走る。

「ゴメン、部室に忘れ物をしてたの。
 遅れるから行くね。」

 私は通り雨が来る前に二人の声を遮るように急いで家を出た。

 ♢

 水田が太陽を反射して水鏡のように青い空と白い雲を反射する。
 田舎の風景で唯一、私が気に入ったのはこの景色だった。

 青い稲が温かい空気の中で伸び伸びと生長する頃、ヒカリが復学した。

「ねぇ、アオ。
 ココ分かんない。教えてー!」

 戻って来たヒカリはレイカの存在を無視するように私に付きまとうようになった。
 今もレイカと話している最中なのに割り込んできた。

「え、どこ?」

「いつの間にこんなに進んだの?
 数学の南、スパルタすぎ。」

「ああ、これはね…。」

 レイカは苦笑して「トイレ行ってくるね」と席を立つ。
 
 レイカはヒカリに遠慮しているのが分かるけど、フォローはしてあげられない。
 だって、私はレイカよりもヒカリが好きだから。

 ドラマで見る男女の三角関係の主人公が好きな男性って、こういう気持ちなのかな。
 ヒカリに勉強を教えるのがひと段落着いた頃、クズヤが廊下から私を呼んだ。

「アオ、ちょっといい?」 

 私はクズヤに呼び出されて廊下のバルコニーに出た。

 ♢

「ゴメン。もう見てられない。」

「何が?」

「ヒカリのこと。」

 クズヤがヒカリの名前を出すと、少し胸がチクッとする。
 私は平静を装って聞き返した。

「どういうこと?」

「ヒカリは友達クラッシャーなんだよ。」

「友だちクラッシャー?」

 クズヤの口から出たのは意外な言葉だった。

「私、小学校の時にやられたんだ。
 マサキに執着したヒカリが、私の悪口をあることないこと吹きこんだの。
 それで私とマサキは一時期、仲が悪くなったんだ。」

 私は控えめに発言した。

「ヒ、ヒカリがそんなことするかな?
 クズヤの勘違いなんじゃないの?」

「信じるか信じないかはアオに任せる。
 私はアオとレイカが私たちみたいに苦しんでほしくないから言っただけ。」

 クズヤはつっけんどんに言いたいことだけを言って、踵を返して立ち去った。