街に出るのは久しぶりだった。
 引っ越してから一か月ちょっとしか経っていないのに、この街に住んでいたことが遠い昔のように感じる。
 
 色とりどりのお店、お洒落な若者、雑誌で見たものがすぐに手に入る場所。

 ウインドーショッピングだけでも気持ちがウキウキする。
 やっぱり、都会はサイコー!

「私、ずっと韓国コスメ専門店に来たかったんだ。コスパ最強だしね。
 田舎だと二種類しか置いてないから全然ダメなんだよね。
 ホント、田舎は嫌だ。」

 大声で私に話しながら歩くレイカが隣にいなきゃいいのに。
 私はレイカと歩く自分が恥ずかしくてマスクをつけた。

「あれ、風邪?」

 目ざとくレイカが理由を聞いてくる。
 私は目を細めた。

「ううん。風邪予防。」

「そっか、この人混みヤバイもんね。
 私もマスクしよーっと。」

 どこで買って来たのか、私と同じメーカーのピンク色のマスクをつけるレイカ。 

(ヤバ。
 リンクコーデをしてるとか思われないかな?
 どうか、誰にも会いませんように!)

 神さまへの願いはただの死亡フラグだったと気づいたのは、それからすぐのことだった。

 ♢

 韓国コスメ専門店の自動ドアが開いた瞬間、店の中の三人と目が合った。
 
 前の学校の友だちだ。
 名前は…何だっけ。

「あれー、アオじゃん!」

 私に気づいた一人が気軽に声をかけてきた。

「久しぶり。元気?」

 えぇっと、この女子の名前はア…アイだったかな。
 思い出せない気まずさを誤魔化すように、私は甘えた声を出した。

「ぜんぜん元気だよー。」

「今日ひとり?」

「いや…。」

 レイカが離れた場所に居ることを良いことに、私は曖昧に返事をした。

(今、レイカに話しかけられたらアウトだ!)

 レイカと距離を取りながら商品を選ぶフリをしていると、悪い顏をしたアイが私に耳打ちした。

「見てよアオ、あのデカイ顏にココのコスメ似合う?」

「ないわ~。」

 レイカをネタにクスクスと意地悪く笑う三人。
 おかげで私はレイカのことを友だちだと言いそびれてしまった。

 アイたちはお喋りを止める素振りすらない。
 だんだんと悪口はハッキリと、大きくなっていった。

「聞こえるよ。」

「だって、自己管理できないのが悪いでしょ。」

 私がたしなめても、笑い飛ばすだけで効果がない。

 後ろを向いているレイカにも、悪口が届いているはず。
 私は胸が締め付けられるような気持ちになった。

「あのさぁ、そうゆうの良くないよ。」

「は?」

「人を見た目で判断するのはやめなよ。
 しかも平気で人が傷つくことを聞こえるように言うの、性格悪すぎて萎えるんだけど。」

「は?」

「なにコイツ。」

 一気に店内がアウェイな空気になる。

「あ、感じ悪いだけじゃなくて耳も悪くて聞こえなかった?
 もう一度言うね。
 今すぐこの店から出て行って。」

「アオ、アンタ私たちにケンカ売ってんの?」

「ようやく理解したの?
 性格だけじゃなくて頭も悪そうだね。
 もいっかい小学生からやり直して来たら?」

「ムカつく!」

 アイがキレた瞬間、私はクルリと二人に背を向けてお店のカウンターに走った。

「助けてください、ヤンキーに絡まれてます!」

「揉め事ですか?警察呼びますか⁇」

 美容部員さんが青ざめてカウンターから出て来たのを見て、アイは唇を尖らせて私をにらんだ。

「もういいよ、行こう。」

 彼女たちがまともな神経を持っているなら、もう二度とこのお店には来ないだろう。 
 私はいつものように記憶のクリーナーアプリを起動して、三人分のメモリーを完全消去した。

 バイバイ、友だち。 

 ♢


「アオ、ゴメンね。」

 レイカが涙目で私に謝ってきた。

「さっきの子たち、アオの知り合いなんでしょ?」

 やっぱりレイカは気づいていたんだ。
 レイカは苦しそうに大きな身体を縮こまらせた。

「私のせいで、友だちとケンカさせちゃったんだよね。」

「レイカのせいじゃないよ。」

「私はこんなんだから悪口言われるのは慣れてるけど、アオは違うじゃん。」

「あんなヒドイ奴らは友だちじゃないよ。」

 なぜか私はレイカを励ましていた。

「気にしないで。
 レイカは自信持っていいよ。」

 
 ♢

 お気に入りのコスメを購入し、レイカと別れた帰り道。

 私はいつもと違う道を帰った。
 少し考えたいことがあったからだ。

 自分でも、なぜあの時レイカを擁護したか分からなかった。
 あんなにレイカと一緒に居るのが苦痛だったのに。

 私どうしちゃったんだろう。
 まさかレイカに同情した?

 そんなの、ぜんぜん私らしくないな。
 
 ♢

「あれ?」

 すれ違う雑踏の中でヒカリに似た人を見た気がして、私は足を止めた。

 まさか、ね。
 そうは思いつつも、似ている人の背中をなんとなく目で追ってしまう。

 大きなつば付きの白いキャップを被った彼女は、ゲームセンターの前で立ち止まった。
 待ち合せていた男の人と腕を組んでお店に入るところだった。

 仲が良さげにふざけ合いながら歩いている。
 そのカップルの横顏がチラリと見えた瞬間、わたしは驚きのあまり飛びあがった。

「ヒカリと美術部の顧問の藤原だ!」
 
 気がつくと私はゲームセンターに入り二人を追いかけていた。
 そして、観葉植物に隠れながらその様子を見守った。

 待合席の二人はカレカノのようにイチャついている。
 ヒカリは甘えるように藤原の肩に頭を乗せて、目を閉じている。

 決して中学の先生と生徒には見えない。

 私は心臓がバクバクして、手が汗で冷たくなった。

 農家の手伝いは?

 おばあちゃんの介護は?

 アンタはそんなことしてるヒマないはずでしょ?

 何やってるのよ―――‼