中二の三月は忙しかった。
パパの転勤が決まると、我が家は引っ越しの準備で追われたからだ。
うちはパパとママと私の三人家族。
とはいえ一世帯が丸ごと移動、しかも期限は半月となると話は変わる。
事前に三森学園という小中一貫校に通うことになったとママに聞かされたけど、名前を聞いてもピンと来ない校名だった。
私は、引っ越し屋さんへの指示やら役所への書類提出やらでバタバタと忙しなく飛び回るママを捕まえて質問した。
「三森学園て、何区にあるの?」
「区じゃなくて町よ。」
ママが苦笑する。
町?
地図アプリで検索すると、今の家から車で60キロ・約1時間と表示されていた。
は? 田舎なの⁇
「自然が豊かなところでね、アオも気に入ると思うわよ。」
「カメ虫多い?」
「そうね。」
「えー!」
「でも、しょうがないでしょ。
パパのお仕事のためだもの。」
「えー。」
(クモならいいけど、カメ虫はキツイな。)
そう言おうとしてスマホから顏を上げると、もうママの姿はない。
私はため息を吐いてスマホのアプリをwebマンガに切り替えた。
♢
日は流れて、あっという間に引っ越し当日になった。
私は小さなバックに最低限のメイク道具と飼い猫のシャーロットのキャリーケースを持ってパパの車に乗り込んだ。
「いつも急で悪いな。」
パパが後部座席でスマホをいじる私に声をかけた。
娘の私が言うのもなんだけど、パパは若く見える人だ。
「だいじょぶ。慣れてるから。」
荷物をギュウギュウに詰め終えると、パパの車はゆっくりと走り出した。
見慣れた街並みが視界の後ろに消えていく。
私は車の窓ガラス越しに、二年間住んだ街の景色を虚ろに見ていた。
(またリスタートしなきゃ。)
スマホの電話帳を見ながら二年間に出会った人たちを順番に思い浮かべてみる。
(サクラにミオにユイナにケンタに…。)
指を折って数えてみると、なんと50人近く居た。
ということは、
私の脳内メモリーにはけっこうな人数が保存されているということだ。
その時、私の頭の中のクリーナーアプリの警告がポップアップされた気がした。
『容量が10%未満です。』
私は頭の中の登録情報を全消去しながら、ショッキングピンクの外装が光る新品のマスカラを眺めた。
※
「電車で一時間半くらいの場所なら、すぐにアオに会いに行くよ。」
転校する前の日、サクラがわざわざ学校にミニブーケを持ってきてくれた。
ミモザのミニブーケを持つ学校一の美少女は、涙ぐむ姿さえも愛らしい。
サクラは私の自慢の親友。
「向こうに行っても、私のこと忘れないでね。」
「ありがと。
サクラ、愛してるッ…!」
感動の友情。
感動の別れ。
その裏で、実は私の心は冷めていた。
昔からパパの転勤で引っ越しを繰り返していた私は、友だちとの突然の別れには慣れている。
一年くらいはメールしたりSNSでイイねし合うけど、共通の話題が少なくなるとどちらともなくフェードアウトしていく。
きっと、この子も私のことを忘れる。
(忘れられるくらいなら、新しい学校で、この子以上のレベルの友だちを見つけなきゃ。)
そうしたら、サクラより先に連絡先を非表示にできるから。
昔の友達にメールした時に、既読にならなかった時はショックで数日引きずった。
あんな残念で惨めな気持ちは、もう味わいたくない。
「毎日メールするね。」
「ズッ友だよ!」
私たちはヒシッと抱き合った。
(サクラ、今までありがとう。
さよなら。)
私はサクラから離れると、ティッシュを軽く目に当てた。
ティッシュの白に黒いまだら模様が染み付く。
きっと目の周りはパンダ状態。
それに対して、サクラのまつ毛は神々しいほどにバッチリと上向きを保っている。
(こんなに泣いてもメイクが崩れないなんて!)
驚きすぎて涙が引っ込んでしまった私は、我慢できずにサクラのまつ毛を指でつまんだ。
「ねぇ。
そのマスカラ、どこのメーカーなの⁉」
パパの転勤が決まると、我が家は引っ越しの準備で追われたからだ。
うちはパパとママと私の三人家族。
とはいえ一世帯が丸ごと移動、しかも期限は半月となると話は変わる。
事前に三森学園という小中一貫校に通うことになったとママに聞かされたけど、名前を聞いてもピンと来ない校名だった。
私は、引っ越し屋さんへの指示やら役所への書類提出やらでバタバタと忙しなく飛び回るママを捕まえて質問した。
「三森学園て、何区にあるの?」
「区じゃなくて町よ。」
ママが苦笑する。
町?
地図アプリで検索すると、今の家から車で60キロ・約1時間と表示されていた。
は? 田舎なの⁇
「自然が豊かなところでね、アオも気に入ると思うわよ。」
「カメ虫多い?」
「そうね。」
「えー!」
「でも、しょうがないでしょ。
パパのお仕事のためだもの。」
「えー。」
(クモならいいけど、カメ虫はキツイな。)
そう言おうとしてスマホから顏を上げると、もうママの姿はない。
私はため息を吐いてスマホのアプリをwebマンガに切り替えた。
♢
日は流れて、あっという間に引っ越し当日になった。
私は小さなバックに最低限のメイク道具と飼い猫のシャーロットのキャリーケースを持ってパパの車に乗り込んだ。
「いつも急で悪いな。」
パパが後部座席でスマホをいじる私に声をかけた。
娘の私が言うのもなんだけど、パパは若く見える人だ。
「だいじょぶ。慣れてるから。」
荷物をギュウギュウに詰め終えると、パパの車はゆっくりと走り出した。
見慣れた街並みが視界の後ろに消えていく。
私は車の窓ガラス越しに、二年間住んだ街の景色を虚ろに見ていた。
(またリスタートしなきゃ。)
スマホの電話帳を見ながら二年間に出会った人たちを順番に思い浮かべてみる。
(サクラにミオにユイナにケンタに…。)
指を折って数えてみると、なんと50人近く居た。
ということは、
私の脳内メモリーにはけっこうな人数が保存されているということだ。
その時、私の頭の中のクリーナーアプリの警告がポップアップされた気がした。
『容量が10%未満です。』
私は頭の中の登録情報を全消去しながら、ショッキングピンクの外装が光る新品のマスカラを眺めた。
※
「電車で一時間半くらいの場所なら、すぐにアオに会いに行くよ。」
転校する前の日、サクラがわざわざ学校にミニブーケを持ってきてくれた。
ミモザのミニブーケを持つ学校一の美少女は、涙ぐむ姿さえも愛らしい。
サクラは私の自慢の親友。
「向こうに行っても、私のこと忘れないでね。」
「ありがと。
サクラ、愛してるッ…!」
感動の友情。
感動の別れ。
その裏で、実は私の心は冷めていた。
昔からパパの転勤で引っ越しを繰り返していた私は、友だちとの突然の別れには慣れている。
一年くらいはメールしたりSNSでイイねし合うけど、共通の話題が少なくなるとどちらともなくフェードアウトしていく。
きっと、この子も私のことを忘れる。
(忘れられるくらいなら、新しい学校で、この子以上のレベルの友だちを見つけなきゃ。)
そうしたら、サクラより先に連絡先を非表示にできるから。
昔の友達にメールした時に、既読にならなかった時はショックで数日引きずった。
あんな残念で惨めな気持ちは、もう味わいたくない。
「毎日メールするね。」
「ズッ友だよ!」
私たちはヒシッと抱き合った。
(サクラ、今までありがとう。
さよなら。)
私はサクラから離れると、ティッシュを軽く目に当てた。
ティッシュの白に黒いまだら模様が染み付く。
きっと目の周りはパンダ状態。
それに対して、サクラのまつ毛は神々しいほどにバッチリと上向きを保っている。
(こんなに泣いてもメイクが崩れないなんて!)
驚きすぎて涙が引っ込んでしまった私は、我慢できずにサクラのまつ毛を指でつまんだ。
「ねぇ。
そのマスカラ、どこのメーカーなの⁉」



