しまった! まさかの青春ドラマによくあるけど他人に見られたくない場面トップテン入りしている(誰調べ?)告白シーンに遭遇してしまった!
(お相手は一体誰だろう? やっぱり矢口さんかな?)
 いや、恥ずかしそうに俯いているショートカットの黒髪の女子生徒からは、カースト上位層の人間特有の雰囲気は感じられなかった。どちらかというと中間層に位置する普通の女子高生といった感じだ。
(ん? そういえばあの子、確かうちのクラスで見たような……)
 そうだ、確か黒瀬に挨拶したけど無視されて笑われていた、あの女子生徒だ。やっぱり黒瀬のことが好きだったんだな。
 思わず俺も息を殺して見守る中、黒瀬は一切の躊躇もなくすぐに返事を返した。
「悪いけど他を当たってくれ」
 予想通りの辛辣さだ。
(なんでもうちょっと言い方を考えられないのかな? せっかく悪いやつじゃないのに、いっつもあんな言い方ばっかりしてるから誤解されるし、そんなだから悪い噂をみんなが鵜呑みにしちゃうんじゃないか)
 こちらから見えている女子生徒の顔はますます赤くなって、今にも泣き出すのではないかと不安になるくらいであった。
「……そうだよね。図々しいこと言ってごめんなさい。でもどうしても伝えておきたくて……」
「相良さん、やっぱり彼氏とは別れたんだな」
 黒瀬の質問内容に引っかかる言葉があり、俺はその場でピタリと動きを止めた。
 相良さん? 誰だっけ? 確かどこかで聞いたことがあるような……
(あっ!)
 脳内の記憶にピタリと一致する情報を発見して、俺は危うく声を上げそうになるのをやっとの思いで堪えた。
(相良さんって、確か去年女子寮に住んでた生徒じゃないか!)
 去年、うちの寮で退寮になった生徒が二人いた。一人が男子寮の藤沢で、もう一人が女子寮に住んでいた相良友紀、まさに今黒瀬に告白していたこの人であった。
(びっっっくりした! そっか、相良さんだったのか。元々あんまり関わりなかったけど、イメージガラッと変わってて全く気が付かなかった! イメチェンしたのかな?)
 どうも髪型だけで女子の印象は随分と変わるようだ。寮にいた頃の相良はストレートパーマのかかったロングヘアが特徴の清楚系ギャルというイメージだったのだが、トレードマークのサラサラヘアをバッサリ切った上に、心なしか目元がぼんやりして顔色も少し悪くなった気がする。
「うん……あの後結局上手くいかなくて」
「藤沢が他の女に目移りしたのか? だったら俺から一言言ってやろうか?」
「ううん、私の方から別れようって言ったの。色々あって目が覚めたっていうか……」
 相良はようやく目を上げると、はにかんだような表情で黒瀬に向かって笑って見せた。
「黒瀬君、やっぱり優しいね。私とはもう口もきいてくれないんじゃないかと思ってた」
「どうして?」
「だって教室で挨拶した時、答えてくれなかったから」
 黒瀬の表情は後ろ向きで見えなかったが、背中からでも驚いている様子が十分伝わってきた。
「え、そんなことあったっけ?」
「もう忘れちゃった?」
「いや、そんなはずはない。俺は二年になってクラスで誰かに挨拶されたことは一度もないから、もしそんなことがあったなら絶対覚えているはず」
 黒瀬は軽く背中を丸めてぽりぽりと頭をかいた。
「多分気付かなかったんだと思う。俺の方こそ、相良さんに恨まれてるんじゃないかって思ってたから、話しかけられるはずなんかないって固定観念もあったし……」
「いやいやそんな! 私の方こそ黒瀬君に酷いことしてるし……」
 なんだろう。この二人、何か秘密を共有しているようだ。一体なんの話をしているんだろう?
 ていうか相良さん、黒瀬のこと怖がっていないのか。好きですって告白するくらいだし、こいつの良い所をちゃんと知ってるんだ。でもどうして? 黒瀬の良い所は同室の俺だけが知ってることで、表向きには顔だけのクズってことになってるはずなのに、どうしてこいつが本当は優しいことを知ってるんだ? ああ、なんで俺は今こんなに胸の中がモヤモヤしているんだ?
「おい」
 盗み聞きをしていた場所に座り込んで悶々と考え事をしている時に突然声をかけられて、俺は座ったままその場でビクッと飛び上がった。
「うわああぁ!」
「何やってんだ? こんな所で」
 すっと細めた目で睨みつけられて、俺は慌ててお尻についた砂を払いながら立ち上がった。
「あっ、その、さっきのお礼言い忘れてたから、黒瀬君のこと探してたんだけど……ていうかなんで俺がここにいるって分かったの?」
「そこの窓にお前の姿が映ってたんだよ」
「マジで!?」
「大丈夫だ。俺の方向からしか見えない位置だったし、彼女は気付いてない」
「さ、相良さんは?」
「とっくにどっか行ったよ」
 俺はようやくホッと息をつくと、コンクリートの段差の部分に腰を下ろした黒瀬の横に自分も腰掛けた。
「黒瀬君、いつもここでお昼食べてるの?」
「ああ」
「何それ?」
「サンドイッチ」
 それはラップに包まれた少し貧相なサンドイッチで、購買で売っているどのサンドイッチにも当てはまらないように見えた。俺の視線に気がついたのか、黒瀬はかじった断面を俺にかざすように見せてきた。
「ハムとチーズのサンドイッチ。俺の手作りだ」
「えっ? 手作り?」
 うちの寮には生徒の使える調理場は存在しない。共有スペースに置いてあるのは、みんなで使う冷蔵庫と、電子レンジとポットぐらいだ。コンロもIHも無いので、火を使った調理は不可能だということになる。
「サンドイッチくらいできるだろ?」
「ま、まあ、確かに……」
「学食や購買で買うと高く付くからさ、週末にスーパーで食パンと一週間ぐらい日持ちする調理不要な具材を買い込んでおくんだ」
 なるほど、それは確かに悪くないアイディアだ。
「最初は結構失敗もしてさ。食パンって常温で置いておくと、何日かしたら黒い斑点が出てくるんだ」
「え、それってもしかして……」
「そう、カビだよ。そんなの全然知らなかったから参ったよ。最近はちゃんとラップに包んで冷凍して、使う日にレンジで解凍するようにしてる」
 目つきの鋭い、近寄りがたいオーラを放つ浅黒いイケメンが、手作りの節約サンドイッチにかぶりついている絵面がシュールで、俺はどんな表情をすればいいのか分からないまま自分の買ってきた惣菜パンの端をそっとかじった。話せば話すほど、噂の彼とは違う一面がどんどん現れてきて、それを知れば知るほどなんだかこそばゆい気持ちが生まれてくる。
「……あのさ、さっき二人で何話してたの?」
「盗み聞きしてたんだから知ってるだろ? 告白されてたんだよ」
「いや、そっちじゃなくて。相良さんの元彼の話してたでしょ? 黒瀬君と何かあったの?」
「ああ……」
 黒瀬はサンドイッチをかじりながら、薄い雲が空と溶け合っている空をぼんやりと見上げた。
「誰にも言うなよ?」