(うわっ、マジかよ……)
 洗濯機の蓋を開けた俺は、悲惨な中の状況に思わず大きなため息をついていた。
 白石のやつ、何度か声をかけたにも関わらず起きなかった所を見るに、今日は相当疲れている様子だった。しかしいくら疲れていたからといって、共同のランドリールームでのこの暴挙が許されるわけではなかった。
(ったく、また洗濯物干さずに寝てるから、気を利かせて見に来てやってみれば……)
 ポケットの中に紙類を入れたまま洗濯機を回した挙句に放置とか、次に使う人間に対するテロ行為に他ならない。
(……仕方ない)
 とりあえず洗濯機から洗濯物を全て取り出し、ドラム内に残った紙屑を地道に集めてから、ようやく白石の洗濯物の処理に取りかかる。紙屑テロの爆心地は、白石が今日一日着ていたジャージのポケットだと判明した。
(うわぁ、酷い事になってんな……)
 ジャージのポケットを裏返して濡れた紙の塊を取り出したとき、そこに書かれていたらしい文字がうっすらと残っていることに気が付いた。
(大事な書類とかじゃなかっただろうな……ん? これって俺たちの名前じゃね?)
 「白」と「黒」という漢字は割としっかりと残っていて、白の後ろにうっすらと「石」という漢字も読み取れる。「黒」の後ろの漢字はさんずいのみがはっきりと読み取れたが、ここまでくれば「黒瀬」と書いてあったんだろうと大体想像はつく。
(なんで白石のジャージのポケットに、俺と白石の名前が書かれた紙が入っているんだ?)
 さらにもう少し目を凝らしてよく見てみると、二つの名前はそれぞれの円の中に書かれていて、円から伸びた直線が上で一つにつながり、ご丁寧に葉っぱまで描かれていた。
(これはあれだな。たぶん、さくらんぼだ)
 さくらんぼの実の中に、自分と他人の名前を書く理由。全くもって見当がつかない。
(こういう時はネットで検索……っと、あった!)
 さくらんぼのおまじない。席替えで隣の席になりたい人がいる女子必見!
(え、白石俺と隣の席になりたかったのか? でも先週席替えしたばっかりだし、しばらく席替えなんてしないと思うんだけど)
 先週からずっとポケットに入れっぱなしだったとか?
(いやいや、白石は部屋着ってあんまり持ってないから、二日に一回は絶対洗濯してるはずだ。そもそもクジを引く時にもこの紙を身につけておかないといけないってこのサイトには書かれている。席替えの時は制服だろ? この紙は先週の席替えとは絶対関係ないはずだ)
 だったらこのさくらんぼのおまじないは一体何の目的で作られたものなのだろうか?
(……ひょっとして、部屋替えじゃね?)
 部屋替えなら、タイミング的にもドンピシャである。
(白石、まさか俺ともう一度同室になりたかったのか? 本来のおまじないの意図を勝手に捻じ曲げてまで、一体どうして?)
 恋に効くおまじない一覧。さくらんぼのおまじないを見つけたサイト名だ。
(恋……)
 白石のやつ、まさか俺と同じ同性愛者だったとか?
 絶対に無理だと決めつけていた時は、こんな感情が湧き上がることなんてなかった。握手会で握手くらいはできるけど、所詮は手の届かないアイドル。白石は俺にとって、そんな親近感のある芸能人のような存在だった。
 でも、もっと他の場所にも触れてもいいのなら。相手も自分と同じ気持ちなんだったら。
(……そんなの、当然触れたいに決まってる)
 白石のことが好きだ。アリかナシかなんて、本当はそんな次元で語れるような存在じゃない。アホでお人好しで承認欲求が強くて純粋。どこか危うくて心配で目が離せないのに、自己満足のためだと果敢に人助けをして、俺のためにも体を張って頬を張られている、そんな優しい男。見た目は普通だし、どちらかというと自分の好みからは外れているのに、不覚にも子供のように純粋で綺麗なその魂に、俺は惹かれてしまったようだ。
(どうしよう。言ってもいいものだろうか……?)
 部活や勉強で忙しくしていたら、一週間などあっという間に過ぎ去ってしまった。わざわざあんなおまじないにまで頼ろうとしていたくせに、白石からは何のアプローチも無い。
(もしかして、ただ単に同室になりたかっただけで、俺と同じ気持ちってわけではないのかもしれない)
 環境が変わることをストレスに感じる人間もいる。半年間一緒に過ごして俺との同居生活には慣れているし、ただ単に楽だから同じ人間ともう半年も同じ部屋で過ごしたいだけなのかもしれない。
 悶々としながら大浴場に向かった時、たまたま白石の友人の友野とばったり出くわした。
「あ、ちょっと……」
「えっ?」
 俺に話しかけられて、友野は何事かと軽く身構えるそぶりを見せた。白石と過ごしていてすっかりぬるま湯につかっていたが、本来他人の俺に対する評判は最悪で、話しかけるとこういう風に怯えられるのがむしろデフォルトだった。
「ちょっと聞きたいんだけど、去年の部屋替えの時、白石ってどんな様子だった?」
「どんな様子って?」
「いや、環境が変わるのを嫌がってたとか、もう一度お前と同じ部屋になりたがってたとか」
「ええ~? どうだったかな。あいつでも結構飽きっぽいし、次は角部屋がいいとかほざいてたし、全然部屋替え楽しみにしてたけど」
「お前と別れるのを寂しがってたとかは?」
「全く。黒瀬く……ちょっと話したことない人と一緒になるのは不安だったみたいだけど、別に俺と離れるのが寂しいとか、そんなんじゃなかったと思うよ」
 やっぱり、きっと俺だからだ。俺とだから、もう一度同室になりたいと願ったんだ。
 伝えたい。俺も同じ気持ちだって。でも万万万万が一俺の勘違いだったら? ああ、向こうから言ってくれればいいのに。
(いや、何女々しいこと考えてるんだ。男ならこういう時こそ決めるもんだろ!)
 失敗しても、恥ずかしくても、自分の発言の責任はきちんと自分で取ろう。その覚悟を持って、あの綺麗な白石の魂に向き合うんだ。
「相良さん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「えっ!」
 こちらから話しかけると相良は非常に驚いて飛び上がっていたが、俺の頼みを聞くと喜んで引き受けてくれた。
「悪いな。俺寮生だし部活あるから、平日は学校の外に出られなくて」
「いいよ! 黒瀬君の頼みなら喜んで! カップルで持つようなキーホルダーを買ってくればいいんだよね? 私が住んでる親せきの家の近くに雑貨屋さんがあるから、そこで見てみるね」
 奇しくも相良が買ってきてくれたのは対になったさくらんぼの実をカップルで一つずつ持つタイプのキーホルダーだった。
「なんか女子っぽいのしかなくて、こんなので良かった?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「女の子ならきっと喜ぶと思うから!」
 残念ながら相手は女の子ではなかったが、きっと白石ならこのさくらんぼを喜んでくれるだろうと、俺には妙な確信があったのだった。