……え? 今なんて?
「お前は俺と部屋が分かれるのが寂しいんじゃなくて、一緒に半年過ごした人間と離れるのが悲しいだけなのか?」
「え、ええっ?」
 どうして黒瀬はそんなことが気になるんだ? ていうか、何なんだこの雰囲気は? まるで相手なんか誰でもよかったんでしょ! と彼女に詰められている手の早い男みたいじゃないか。
「お、俺は……」
「俺はお前と離れるの、寂しいと思ってるよ」
 なんっっっっって男前なんだ! まっすぐな瞳で相手を見つめながら、こんな恥ずかしいセリフを淀みなく口にする。普段不愛想で口数だって多くないのに、どうしてこうやって決めるところは決めてくるんだろう?
「それは誰でもってわけじゃなくて、お前が俺にとって特別な人間だからであって。それはお前も同じだと思っていたんだけど……」
「え? そ、それはどうして?」
 どうして俺にとって、黒瀬が特別な人間だって分かったんだ?
 黒瀬は机の引き出しを開けると、小さなビニール袋を取り出した。
「これ」
 一度濡れたものを再び乾かしたようなしわだらけの紙に、何やら漢字が書かれている。インクが滲んで読みづらかったが、辛うじて「白」「黒」という文字が消えずに残っているのがうかがえた。
「お前、俺とお前の名前を書いた紙、ポケットに入れてただろ」
「……え?」
 うわああああああああああ!!!
「ええええ〜!? だ、だってそれ、ほとんど溶けて文字は読めなかったって……」
「ごめん、あれ嘘」
 嘘だって? なんてこった! こんなに簡単に騙される俺も俺だが!
「なんかよく分からなかったけど、これって俺と同室にして下さいって、寮監に嘆願書か何か提出しようとしたんじゃないかと思ってさ」
 違う。これはそんな公的な文書ではない。しかしさくらんぼのおまじないだとバレる方が何倍も恥ずかしい!
「そ、そうだな〜、確かにそんな感じの嘆願書書いたかも」
 そうだ、これは黒瀬との同室を希望する嘆願書だ。但し提出先は寮監ではなく、さくらんぼのキューピットだが。
「友野に聞いたんだが、友野と離れる時はこんな嘆願書は出してないって……」
「ああ、そうだよ! こんなの書いたの、今回が初めてだよ!」
 もはややけっぱちである。俺は寂しさと恥ずかしさのせいで半泣きになりながら、相手の胸ぐらを掴む勢いで目の前に立つ黒瀬に詰め寄った。
「黒瀬君と離れるのが寂しくて、また同室になりたかったんだよ! でもダメだった」
「どうしてそんなに寂しがるんだ?」
「寂しいから寂しいんだよ! 寂しいに理由をつける必要なんかある?」
「俺はあるよ、寂しい理由」
 一人で興奮して騒いでいる俺の目の前で、黒瀬は全く動揺する素振りを見せることなくこの言葉を口にした。
「好きだから」
「……え?」
「俺は白石のことが好きだから、離れて別々の部屋になるのは寂しいと思ってる」
 え……え? 今何て?
「あ、あれ? 聞き間違いかな? なんか黒瀬が俺のこと好きって言ったように聞こえたんだけど……」
「言ったよ。てか心の声全部口から漏れてるぞ。俺のこといつもは君付けしてるくせに」
(しまったあああああ!)
 慌ててさっと無意味に両手で口を押さえた後、ちらっと上目遣いに黒瀬を見た俺はハッとした。
 浅黒い黒瀬の頬が、心なしか上気して赤く染まっているように見える。
「あれ、黒瀬君赤くなってない?」
「当たり前だろ! 普通この状況で聞くか?」
 好きだ、と言う瞬間はいつも通りの表情だったくせに、今は羞恥心が遅れて押し寄せてきたみたいに黒瀬は恥じらうような表情を見せていた。
(あ、なんか可愛い)
「お、俺は、お前がお人好しだから、俺に対しても親切なのかとずっと思ってて。でもこの紙を見つけた時、もしかしたらお前も俺と同じ気持ちなんじゃないかって思って。それで最後だし、部屋離れる前に伝えておきたいと思ったんだ」
 とうとう羞恥に耐えられなくなったのか、黒瀬は俺にぱっと背を向けた。
「でも俺の勘違いなんだったら忘れて。どうせ今日から別々の部屋だし……」
 そのままカーテンの外に出て行こうとした黒瀬に、俺は慌てて背後から手を伸ばしてぎゅっと抱きついた。
「待って! 勘違いじゃない!」
「……!」
 俺は卑怯者だ。黒瀬は正面から俺と向き合って、ちゃんと俺の目を見て自分の思いを伝えてくれたのに、俺は恥ずかしくて顔も見られず、後ろから告白する形になっている。こんな所にも正統派ヒーローとご近所ヒーローの資質の差が顕著に表れているみたいだ。
 でも、今はそんなことどうでも良かった。今はただ、俺の想いを黒瀬に伝えたいということだけで頭が一杯だった。
「黒瀬君のことが好きだ。最初はただの憧れだと思ってたけど、でもそれだけじゃないって気が付いた。黒瀬君は俺にとって、他の誰とも違う特別な存在で、黒瀬君にとっても俺がそういう存在であって欲しいとずっと思ってた」
 抱きしめている背中から、黒瀬の熱が俺の胸にじわじわと伝わってくる。うなじにそっと顔を近づけると、黒瀬の体が緊張したようにびくっと震えた。
「……お前さ、同性愛者なの?」
「俺?」
 う~ん、と俺はしばし考え込んだ。
「たぶん違うと思う」
「だったら……」
「でもそういう意味で、黒瀬君に惹かれてる」
 俺の熱に気づいたのか、黒瀬が再びピクリと体を反応させた。
「……だったら、今ここで証明してみせろよ」
「えっ、今?」
 体の熱がどんどん上がっていく。今って、本当にいいのかな? 確かに環境はバッチリ整ってはいるけれども。
「お、俺、実は初めてなんだけど……」
「俺もだよ」
 黒瀬は覚悟を決めたかのように再びくるりと俺に向き直った。俺よりだいぶ高身長なのに、どうしてこんなに可愛く見えるんだろうか?
「でもやり方は知ってる」