洗濯物のポケットに紙類! 真夏の怪談バリに怖い話である。
「うっっっっそでしょ!?」
「昨日お前洗濯機回したまま寝てたからさ。一応声掛けたんだけど、ぐっすり眠ってるみたいだったから、一応俺見に行ったんだけど……」
またしても同じ失敗を繰り返している。本当に学習しないポンコツ野郎だ。
「ご、ごめん。またしても同じ迷惑を……」
「いや、俺次に洗濯機回すつもりだったからついでに見に行っただけなんだけど、ちょっと服が紙くずだらけに……」
「や、俺の服はいいよ。それより次に使った黒瀬君が大変だったでしょ。洗濯機の中ひどい事になってたんじゃ……」
そこで俺はまたしても足元の洗濯籠が空っぽであることに気が付いた。
「え、嘘。もしかしてまた俺の分も干してくれた?」
「一応紙くずははたいておいたけど、まだくっついたままのやつもあるかも」
「ありがとう! ごめんね」
黒瀬は自分の机の上に置いてあった小さなビニール袋を取り上げると、それをそのまま俺に向かって差し出してきた。
「これ、ズボンのポケットに入ってた分サルベージしておいたんだけど、大事なものじゃなかった?」
ズボンと一緒に洗濯されてくずくずになった紙片を見た瞬間、俺の顔からさぁっと血の気が引いて行った。
(あ、あれは……!)
黒瀬と同室になれるようにと願いを込めた、俺のさくらんぼのおまじないじゃないか!
(なんっっっっっっってこった!)
よりにもよって恋のおまじないをかけた紙片を洗濯機にかけ、それを当の本人に見つかってしまうなんて!
「……黒瀬君、これ、見た?」
「いや、ほとんど溶けて文字は読めなかった。レシートかなんかか?」
よ、よかったぁ~。女子の名前ならともかく、さくらんぼに自分と別の男の名前が書いてあるなんて、普通気持ち悪いに決まっている。しかもこのご時世、簡単にインターネットで調べればそこに込められている意味も分かってしまう。
「ま、まあ、そんな感じ」
「……なら良かった」
黒瀬はそう言って俺にビニール袋を手渡すと、もう一度ベッドに戻ってカーテンを閉めてしまった。俺は念のためビニール袋を開けて中身を確認した。黒瀬の言う通り、元々ノートの端っこだった紙片は一度濡れて溶けて再び乾いた状態で、ポケットに残っていたという部分もほとんどがくずくずの破片になっていた。確かにこれなら、元の紙がノートだったのかレシートだったのか判別することすら難しいだろう。
(全く、柄にもないことをするもんじゃないな)
黒瀬と同室になれなかっただけではなく、秘めた思いまで危うくこのさくらんぼにバラされるところであった。
(……いや、そもそもぼんやりしてポケットから出し忘れたり、洗濯物を干さずに寝ちゃった俺が悪いんだけどね)
洗濯機で回された挙句に八つ当たりまでされた哀れなさくらんぼに心の中で懺悔しつつ、俺は用無しになったそれをポイっとゴミ箱に放り込んだ。
それからの一週間は本当にあっという間に過ぎてしまった。黒瀬は相変わらず部活に勉強に忙しそうで、生活リズムの違う俺たちはなかなかゆっくりと話をする機会がなく、部屋替え当日の土曜日になってようやく顔を合わせて話すまとまった時間を得ることができた。
「荷物もうまとまった?」
「ああ、俺ほとんど持ち物って無いから」
そういえば、半年前も黒瀬は段ボール箱一つだけでこの三〇一号室を訪れたんだった。
「黒瀬君は何号室なんだっけ?」
「二〇二号室」
ああ、階まで大分離れてしまった。
「なんだか寂しくなるなぁ」
「クラス一緒なんだから毎日会うだろ」
それは確かにそうだ。そもそも同じ屋根の下に住んでいることには変わりないのだから、部屋が離れたところで普通の通学生よりはよっぽど関わる機会は多いのだ。
(……でも)
やっぱり寂しい。相部屋の人間というのは本当に特別な存在だ。同じ空間で寝起きする人間なんて、普通は家族しかいない。親とも兄弟とも違うけど、家族のような生活を共にする、いわば戦友のような存在だ。しかもそれが好きな人なのである。一つ屋根の下にいるとはいえ、別の部屋ではマンションで違う部屋に住んでいる他人と大差のない関係になってしまうじゃないか。
「……これ」
「え?」
黒瀬が不意にチャリッと音を立てながら何かを俺に差し出してきた。手のひらに落ちたそれは銀色の鎖の先端に丸くて赤い石のはめ込まれた小さなキーホルダーで、黒瀬の手に握られていたせいで人肌に温まっていた。
「半年間迷惑かけたから、その、お詫び?」
「ええっ? そんな、いいのに。むしろ俺の方がたくさん迷惑かけたと思うんだけど」
「いや、お前ペンの音とかで困ってたし」
「そんな……」
俺はおずおずと渡されたキーホルダーに視線を落とした。ガラスでできた赤い石は窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと光り、まるで本物の宝石のように輝いて見えた。
黒瀬と同室だったことを証明する、たった一つの贈り物。
「あ、ありがとう。大事に……」
不意にぽろりと目から雫が零れ落ちて、俺は慌てて黒瀬にさっと背を向けて自分のベッドにかがみこんだ。
この半年間、本当に俺はどうかしている。高校一年の時、いや、中学の時ですら、人前で泣いた記憶など一切無い。高校二年生になってまだ半年しか経っていないというのに、俺は既に人前で二回も涙を流している。
それもみんな黒瀬のせいだ。こいつと同室になってから、俺の情緒はジェットコースター並みに激しく上下に乱されまくりだ。
「白石?」
「ごめん、なんかちょっと感傷的になってるみたい」
「お前部屋替えのたびにそんな感じなのか?」
そんなわけないだろ。黒瀬と別れるのが寂しいから涙が出るんじゃないか。友野と別れるときなんか、「じゃ~また食堂で!」みたいな軽いノリでさっさと出て行ったわ!
「……そうだよ」
もちろんそんなこと言えるわけない。
「半年間一緒に過ごしたらもう家族みたいなもんだろ。友野と別れる時も寂しかったよ」
ズズッと鼻をすすって顔を上げた、その時だった。
不意にシャッとカーテンが閉まる音がして、俺の周囲が急に薄暗くなった。いつの間にか俺の背後に黒瀬が立っていて、自分の背後で俺のベッド周りのカーテンを閉めたのだ。
俺が驚いて振り返ると、狭い空間の中に二人だけで閉じ込められた黒瀬と正面から向き合う形になった。
「俺だけが特別じゃないのか?」
「うっっっっそでしょ!?」
「昨日お前洗濯機回したまま寝てたからさ。一応声掛けたんだけど、ぐっすり眠ってるみたいだったから、一応俺見に行ったんだけど……」
またしても同じ失敗を繰り返している。本当に学習しないポンコツ野郎だ。
「ご、ごめん。またしても同じ迷惑を……」
「いや、俺次に洗濯機回すつもりだったからついでに見に行っただけなんだけど、ちょっと服が紙くずだらけに……」
「や、俺の服はいいよ。それより次に使った黒瀬君が大変だったでしょ。洗濯機の中ひどい事になってたんじゃ……」
そこで俺はまたしても足元の洗濯籠が空っぽであることに気が付いた。
「え、嘘。もしかしてまた俺の分も干してくれた?」
「一応紙くずははたいておいたけど、まだくっついたままのやつもあるかも」
「ありがとう! ごめんね」
黒瀬は自分の机の上に置いてあった小さなビニール袋を取り上げると、それをそのまま俺に向かって差し出してきた。
「これ、ズボンのポケットに入ってた分サルベージしておいたんだけど、大事なものじゃなかった?」
ズボンと一緒に洗濯されてくずくずになった紙片を見た瞬間、俺の顔からさぁっと血の気が引いて行った。
(あ、あれは……!)
黒瀬と同室になれるようにと願いを込めた、俺のさくらんぼのおまじないじゃないか!
(なんっっっっっっってこった!)
よりにもよって恋のおまじないをかけた紙片を洗濯機にかけ、それを当の本人に見つかってしまうなんて!
「……黒瀬君、これ、見た?」
「いや、ほとんど溶けて文字は読めなかった。レシートかなんかか?」
よ、よかったぁ~。女子の名前ならともかく、さくらんぼに自分と別の男の名前が書いてあるなんて、普通気持ち悪いに決まっている。しかもこのご時世、簡単にインターネットで調べればそこに込められている意味も分かってしまう。
「ま、まあ、そんな感じ」
「……なら良かった」
黒瀬はそう言って俺にビニール袋を手渡すと、もう一度ベッドに戻ってカーテンを閉めてしまった。俺は念のためビニール袋を開けて中身を確認した。黒瀬の言う通り、元々ノートの端っこだった紙片は一度濡れて溶けて再び乾いた状態で、ポケットに残っていたという部分もほとんどがくずくずの破片になっていた。確かにこれなら、元の紙がノートだったのかレシートだったのか判別することすら難しいだろう。
(全く、柄にもないことをするもんじゃないな)
黒瀬と同室になれなかっただけではなく、秘めた思いまで危うくこのさくらんぼにバラされるところであった。
(……いや、そもそもぼんやりしてポケットから出し忘れたり、洗濯物を干さずに寝ちゃった俺が悪いんだけどね)
洗濯機で回された挙句に八つ当たりまでされた哀れなさくらんぼに心の中で懺悔しつつ、俺は用無しになったそれをポイっとゴミ箱に放り込んだ。
それからの一週間は本当にあっという間に過ぎてしまった。黒瀬は相変わらず部活に勉強に忙しそうで、生活リズムの違う俺たちはなかなかゆっくりと話をする機会がなく、部屋替え当日の土曜日になってようやく顔を合わせて話すまとまった時間を得ることができた。
「荷物もうまとまった?」
「ああ、俺ほとんど持ち物って無いから」
そういえば、半年前も黒瀬は段ボール箱一つだけでこの三〇一号室を訪れたんだった。
「黒瀬君は何号室なんだっけ?」
「二〇二号室」
ああ、階まで大分離れてしまった。
「なんだか寂しくなるなぁ」
「クラス一緒なんだから毎日会うだろ」
それは確かにそうだ。そもそも同じ屋根の下に住んでいることには変わりないのだから、部屋が離れたところで普通の通学生よりはよっぽど関わる機会は多いのだ。
(……でも)
やっぱり寂しい。相部屋の人間というのは本当に特別な存在だ。同じ空間で寝起きする人間なんて、普通は家族しかいない。親とも兄弟とも違うけど、家族のような生活を共にする、いわば戦友のような存在だ。しかもそれが好きな人なのである。一つ屋根の下にいるとはいえ、別の部屋ではマンションで違う部屋に住んでいる他人と大差のない関係になってしまうじゃないか。
「……これ」
「え?」
黒瀬が不意にチャリッと音を立てながら何かを俺に差し出してきた。手のひらに落ちたそれは銀色の鎖の先端に丸くて赤い石のはめ込まれた小さなキーホルダーで、黒瀬の手に握られていたせいで人肌に温まっていた。
「半年間迷惑かけたから、その、お詫び?」
「ええっ? そんな、いいのに。むしろ俺の方がたくさん迷惑かけたと思うんだけど」
「いや、お前ペンの音とかで困ってたし」
「そんな……」
俺はおずおずと渡されたキーホルダーに視線を落とした。ガラスでできた赤い石は窓から差し込む太陽の光を受けてキラキラと光り、まるで本物の宝石のように輝いて見えた。
黒瀬と同室だったことを証明する、たった一つの贈り物。
「あ、ありがとう。大事に……」
不意にぽろりと目から雫が零れ落ちて、俺は慌てて黒瀬にさっと背を向けて自分のベッドにかがみこんだ。
この半年間、本当に俺はどうかしている。高校一年の時、いや、中学の時ですら、人前で泣いた記憶など一切無い。高校二年生になってまだ半年しか経っていないというのに、俺は既に人前で二回も涙を流している。
それもみんな黒瀬のせいだ。こいつと同室になってから、俺の情緒はジェットコースター並みに激しく上下に乱されまくりだ。
「白石?」
「ごめん、なんかちょっと感傷的になってるみたい」
「お前部屋替えのたびにそんな感じなのか?」
そんなわけないだろ。黒瀬と別れるのが寂しいから涙が出るんじゃないか。友野と別れるときなんか、「じゃ~また食堂で!」みたいな軽いノリでさっさと出て行ったわ!
「……そうだよ」
もちろんそんなこと言えるわけない。
「半年間一緒に過ごしたらもう家族みたいなもんだろ。友野と別れる時も寂しかったよ」
ズズッと鼻をすすって顔を上げた、その時だった。
不意にシャッとカーテンが閉まる音がして、俺の周囲が急に薄暗くなった。いつの間にか俺の背後に黒瀬が立っていて、自分の背後で俺のベッド周りのカーテンを閉めたのだ。
俺が驚いて振り返ると、狭い空間の中に二人だけで閉じ込められた黒瀬と正面から向き合う形になった。
「俺だけが特別じゃないのか?」


