環境に溶け込む静音モード搭載の生徒A。それが俺、黄青侑の紹介文。
 異世界にも並行世界にも招かれる予定はないけれど、情報収集スキルだけは日々レベルアップしている。
 勉学その他学生活動をおろそかにするほどバカじゃない。
 複雑に絡み合った思いや事情を集積し活用することで、学校生活に安寧をもたらす。
 これは使命感でも責任感でもなく、俺のための環境保全。良く言えば環境美化の一環である。
 事件を解き明かすのが探偵なら、何も起こらないようにささやかな干渉を試みる俺は何と呼ばれるんだろう。

 入学説明会の時、美鷹と堰守先生は誰かに見られるリスクを考慮したうえで会話をしていた。
 読心術まではマスターしてないが、距離感がバグっている感じはなかったし、お互いの立場をわかっている風だった。

 志望する学校に知り合いや親戚がたまたまいることはあるだろう。
 けれど美鷹は堰守先生が奏美にいることを知っていた。
 学力的に適正な進学先を選ばず、ここへ来たのは接触の機会を増やすために思える。
 
入試関連に堰守先生が深く関わっているかは定かでないけれど、首位合格者の美鷹への情報提供を疑う者も出てくるだろう。
 あることないこと騒ぎ立てるのが好きな連中はどこにでもいる。有名人がからんでいるネタは盛り上がるし、真偽なんて、みんなどうでもいいのだ。
 俺の杞憂に終わればいいけれど、美鷹の軽率な行動は奏美の平穏を脅かす種となる。
 嘘は多少の真実と混ぜると現実味を帯びるもの。
 俺がこれ以上探らないように、美鷹たちへの興味が継続するように、バランスよく配置された言葉選びは完璧だった。
 
 この人は賢い。警告の必要もないくらい。
 でも、自覚せず抑えきれてない感情までは制御できていない。
 おそらくこの同好会は顧問として堰守先生を引っ張ってくるための釣り餌だ。
 小薗がその経緯を知らないはずがない。わかっていて彼の恋に協力しているのだろう。

「なるほど、けん玉ではなく、雑学調査系の同好会を立ち上げた意味が分かりました。堰守先生の得意分野ですもんね」

 牽制のつもりはなかったのに、美鷹は険しい表情になる。敵視される前にこちらの手の内をさらけ出した方が得策だろう。

「美鷹さん、俺はこれからの学校生活を平穏なものにしたいんです」

 ネットで叩かれ、マスコミが押し寄せ、日常が慌ただしくなる不穏ルートはぶっ潰したい。
 けれど、人の恋路の邪魔をするのも悪いから、忠告くらいは許してほしい。

「秘密は増やさないほうが楽ですよ。子どもに揺らぐ大人なんて、碌な人間じゃない」
「……わきまえているさ」

 的はずれだと突っぱられなかったのは、心当たりがあるからだ。
 燃え盛る炎は消せない。今のうちに釘を差し、外堀を埋められてしまう前に、俺が平面にならしておく。
 卒業後の進展は彼ら次第だけど。

 俺たちのやりとりを静観していた小薗は、休み時間の終わりを告げる予鈴と同時に口を開いた。

「あのさ! 今後の活動について、黄青埼からも意見もらってまとめていきたい。使える教室も候補が3つあるから、放課後一緒に見てくれたら助かる!」

 美鷹の落ち着いた口調とまるで違う散歩待ちのワンコみたいなテンション。会話に入れたことがうれしいのか、目がキラキラと輝いている。
 間近で見ると小薗の瞳は透き通っていて宝石のようだ。
 猫カフェに行ったことはないが、会ったばかりの客になついて甘える猫は少ない気がする。
 こいつが猫なら、誰にでも好かれて可愛がられるアイドルポジション確定だ。
 
「とりあえず教室に戻るから、話は後で。B棟の休憩所で待っててもいいか?」

 こくこくと子どものようにうなずいた小薗の横で、幼馴染がため息をつく。
 
 俺の望みはただひとつ。
 とにもかくにも、平穏に暮らしたい。
 彼らに近づき、観察するのはそのための第一歩となるはずだった。