涙の先にある光










――――6年後。

「お母さん!お父さんがまたいない!」

「え?それならきっと海にいるのよ。ほら、朱音(あかね)、この花束持って」


あたしは、2才になったばかりの朱音にとっては少し大きな真っ赤なチューリップの花束を渡した。

今日は7月26日。
朱里さんの命日。

今までは、輝に一般的なお供え物の花束を買ってきてと言われ、二人で、朱音が生まれれば三人で朱里さんのお墓に行っていた。

だけど、何故か今日は赤いチューリップの花束を買ってくるよう輝にお願いされた。

正直私は、憂鬱だった。

だけど、私は気を紛らわそうと、首を振り、気持ちを入れ換える。
そして、私は朱音の小さな手を握り仏間へと向かう。

仏間には、おじいちゃんとおばあちゃんの遺影。

一昨年の秋におじいちゃんが、私が、朱音を産んだ次の日に亡くなった。
そして、去年の春、おばあちゃんが、おじいちゃんを追いかけるようにして亡くなった。


「ほら、朱音。いってきますは?」


私が、そういってぎゅっと朱音の手を握ると、朱音は可愛らしく笑って、いってきますと言う。
そのあとに続いて、私も、いってきますと呟く。
そして、私は、朱音の手を引いて玄関へと向かった。

すると、居間の方から足音が聞こえて、お母さんが笑顔でやって来た。

そして、そのお母さんの後ろから金ちゃん……いや、今は私のお父さんがやって来る。
相変わらず、お父さんは出会ったときのまま、チャラい容姿は健在。
以前家族そろって東京旅行へ行ったとき、目を離したときには警察から職質されていたほどだから、本当に笑ってしまう。


「今日は七海ちゃんたちと海の家の子どもたちも来るから、早めに帰ってきてね」


お母さんが、朱音の頭を撫でて、にっこりと微笑んだ。
朱音も嬉しそうに、満足そうに、うんと頷いた。


「じゃ、あかり、朱音。気を付けていってこいよ!」


そういって、お父さんがにっこりと微笑んだ。
私と朱音は口を揃えていってきますと言って家を出た。
そして、朱音の小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。

まだ日は高い。
そんなに急がなくてもいいか。


海の音が聞こえた。
そして、もう見慣れた後ろ姿が、見えた。
 
朱音は、私の手を離れ、大きな花束をもったまま、ぎこちない足取りで輝の元へと駆け出した。


「おとうさーん!」


そういって、輝の方へ行ってしまう朱音の姿を見たら、少し輝に嫉妬してしまう。


「おう、朱音。お前、その花束落とすなよ?」


そういいながら、笑顔で朱音を抱き上げる輝。


「これ、誰にあげるの?」



朱音が抱き上げられながら、輝にそう質問をした。

どうせ、朱里さんなんでしょ。
そう思いながらも2人の会話に聞き耳を立てている私は、すごく性格が悪い。


「これはな、朱音……」


輝はその先の言葉を、朱音にしか聞こえない声で、小さく耳打ちした。
朱音は、輝の話を聞き終えると、私の方へ走ってきて来た。
そして、私の方へその真っ赤な赤いチューリップの差し出す。


「お父さんがお母さんにあげてって……」


朱音が満面の笑みでそう微笑む。

え。
これって、朱里さんにあげるんじゃ。

そう思って笑は、輝の方を見ると輝は何処に隠していたのかは分からないが、一般的なお供え物の花束をあたしに見えるように掲げた。


「サプライズ」


そういって、輝が笑に微笑む。
なんだ、そうだったんだ。

輝の後ろにはどこまでも続く青い海。
真っ青な空。
私たちがいるのは青と青の境界線。

私は、朱音からその真っ赤なチューリップの花束、”永遠の愛”を受け取った。

そして、朱音の小さな手を握る。
その手の薬指には太陽の光が反射して指輪がきらりと光った。


「お母さん泣いてるの?なんか悲しいことでもあったの?」


幼い朱音が心配そうに、私を見上げた。

だけど、私は笑って答える。


「ちがうよ。お母さん、今笑ってるの。嬉しいの」


海が私たちに微笑む。
 
さあ、行こうか。

これからの未来、きっと海が私たちを見守ってくれていると思うから。

この、幼い未来の希望と共に、今私たちは歩き出す。

涙の先にある光に向かって――――。