涙の先にある光







――――4年前まで時は遡る。

私たちは、中学2年生。
そのころ私と、奏ちゃんは、もう既に付き合っていて、輝にもちゃんと彼女がいた。
その彼女は、私たちのもう一人の幼馴染。


「輝ー!」


満面の笑みでいつも輝の名前を呼んでいた。
彼女の名前は、藤堂朱里(とうどうあかり)

あの海のように透明感のある綺麗な子だった。
輝の初恋相手であり、輝が初めて本気で好きになった人。
彼女は、私たちの1つ年上だった。

私たちはいつも4人でいて毎日笑ってすごしていた。
だけど、そんな毎日は続かなくて、私たちの運命を左右する日が前触れもなくやってきた。

その日は、いつも以上に空は晴れていて、海も静かだった。

今日は、近所の人の話では、テレビ局の人たちが来るらしいと聞いていた。
この島の海をバックに何かのドラマのロケを行うとか。
好奇心旺盛な私たちは、学校終わりに、4人でその撮影現場へ向かった。

撮影は、輝の家の近くにある浜辺で行われていた。

すると、1人の男の人が、朱里の肩を後ろから叩いた。
朱里が振り向くと、その男の人は、朱里さんの顔を見て笑ったの。
そして、朱里に1枚の名刺を差し出した。


「大塚《おおつか》……翔《かける》さん?モデル事務所?」


朱里は、名刺をその場で読み上げた。
輝はすぐさま、朱里が持っていた名刺を覗き込んだ。


「私はね、東京で、モデル事務所をやっているものでね。君、芸能界とか興味ない?」


そういって、そのおじさんは朱里に微笑んだ。
朱里の夢は、私たち全員が知っていた。


”いつか、上京してモデルのオーディション受けて、一流モデルになる”


そう、朱里は私たちにずっと言っていた。
朱里にとって、このスカウトは夢を叶えるための大チャンスだった。


「行けよ」


一番最初に口を開いたのは、輝だった。
朱里は、輝の顔を見て、少し動揺していた。


「お前の夢だろ?でっかくなって帰ってこいよ。俺も追いかけるから」


そういって、輝は朱里さんの背中を押したの。

本当は”行くな”って言いたかったはずなのに。
東京なんてさ、この島からどれだけ遠くにあるか、輝は知っているはずなのに。

輝は、自分のそんな想いよりも、朱里さんの夢を優先して背中をおした。
朱里はね、泣きそうな顔になりながらも、うんってうなずいて、その一週間後、東京へと旅立った。
 
朱里が東京に行っても私たちは、常にメールでやり取りをしていた。
輝と朱里さんがどんなメールをやり取りしていたかどうかはわからないけれど、私にまで、こと細かく東京での暮らしを送ってくれていから、きっと輝にはそれ以上に何かを伝えていたんだと思う。

そして、約半年がたったころ、私たちは3年生に無事進級し、朱里も、メールで知る限り、仕事は順調らしかったの。

そのあと、私たちにはうれしい知らせが届いた。

7月20日~7月26日の6日間、私たちが夏休みに入ったばかりの期間、朱里も休みをもらってこっちに来るというものだった。

輝を含め、私たちは、叫んで喜んだ。
輝は私たち以上に待ち遠しかったのだと思う。
私たちは、その日をいまかいまかと待ち続け……ついにその日がやってきた。

朱里は、この島にいたときよりもずっときれいになっていて、大人って感じがした。
 

「七海!あんた、相変わらずちっこいわね」

「あら、奏。あんたまたそんなつまらなさそうな顔して……」


だけど、朱里は何も変わってなった。
 

「輝、あんたまた背伸びたでしょ?私、これでも10cmのヒール履いてるんだけど」

「俺に勝とうなんて、朱里の癖に生意気っ!」


それから、朱里が帰るまでの6日間、私たちは遊び倒した。
まるで、失った時間を取り戻すかのように、私たちは笑い続けた。

誰も、この先起こりうることなんか、予想できなかった。
あの、人一倍鋭い輝さえ見抜くことなんかできなかった。


「朱里ーーーっ!」


輝の叫びが嫌ってほどに夜空に響いた。
7月26日の夜。
藤堂朱里は海で溺死した。

――――自殺だった。

朱里が、自殺と分かったのは、輝の家のポストに入っていた1枚の手紙からだった。

最後の、朱里からの手紙。

”ごめんなさい。そしてありがとう”

それだけだった。
たった……それだけ……。
当然私たちは何が今起きているのか何も分からなくて。

後で警察から、朱里は学校の同級生と、仕事場の同期の両方から東京で酷いいじめにあっていたということがわかった。
いじめた原因は単なる朱里への嫉妬だった。

輝はそれから夏休みの間ずっと海をぼーっと眺めていた。
まるで、失った自分の一部を探すように……。
輝の笑顔を私たちはしばらく見ることはなかった。

だけど、新学期になったとたん、輝は笑顔で登校しだした。
私たちの学校で、輝と朱里が付き合っていたということを知っている人は数少ない。
だから、皆気づかない。
あんなのは、輝のカラ元気だということに。

そして、朱里の死から2年後、あかり。

――――あなたがこの島にきた。









七海がすべてを話し終えたとき、私の頬には涙が伝っていた。

じゃあ、あの初めて会った時に流していた涙は……朱里さんに向けられたものなんだね。

死んだ人はずるい。
なぜなら、生き残った人の思い出には綺麗に残るから。綺麗に永遠に残ってしまうから。

だから、死んだ人っていうのはずるい。


「明日、何日か知ってる?」


七海が、ゆっくりと私に優しく問う。

明日?
今日は確か……25日。
ということは明日は……。


「26日」


私がそういうと、七海はこくんとうなずいた。


「輝はね、朱里の月命日にいつも赤いチューリップの花束を2束もって、朱里のお墓と海に行くの」


輝が海に行くのは知っていた。
朱里さんのお墓、この島にあるんだ。

私は、七海に無理言って、朱里さんのお墓がある場所を教えてもらった。
そして、私は七海が持ってきてくれたお茶を全部飲み干すと、七海の家を出た。

星の光がいつも以上に、私の目に儚く見えた。

私が七海の家を出るとき、七海が言った一言が頭の中で何度もリピートされていた。


『朱里が好きだった赤色のチューリップの花言葉は”永遠の愛”。永遠何てないのにね』


永遠の愛……か。
今も、輝がそんな花言葉を持つチューリップを送り続けているということは、きっと輝は今も、朱里さんのことが好きなのだろう。


「はぁ……」


私の溜息が、嫌ってくらいにこの夜空に響いた。