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午後9時。
風呂から上がって、体が十分に温まった私は、自分の部屋のベッドに腰を下ろした。
そして、スマートフォンを手に取り、電話帳を開く。
ある程度スクロールしたところで目的の電話番号が見つかり、私は、その電話番号をタッチした。
呼び出し音が、私の右耳に響いた。
『あ、あかり?珍しいじゃない。あかりから電話なんて』
「ごめん、あのさ、ちょっと聞きたいことあって。今からそっちいってもいいかな?」
『今から?うん、わかったよー!待ってる』
私はそう返事を聞くと、一方的に電話を切って、再びあの厚手のコートをはおった。
自分でもなんでここまで必死になっているのかわからない。
だけど、何もかも今じゃないとダメな気がした。
我儘なのは十分承知。
でも、今の私はきっと誰にも止められないと思う。
私は、お母さんたちにばれないように玄関から靴をとってくると、自分の部屋の窓から外へ出た。
あの玄関の扉から出れば、あの大きな音でみんな目を覚ましてしまうと思ったから。
私は、夜道を駆け出す。
本当に今日は忙しい日。
七海の家のドアを開けたとき、七海はピンク色のパジャマで出迎えてくれた。
「あかり!いらっしゃいー!今日ね、ちょうどパパとママ出張中なの!先に部屋にいっててよ!」
そういって、七海はスタスタと居間の方へとかけていった。
私は、一応お邪魔しますと呟いて、七海の家に上がる。
一度七海の家に来たことがあったため、私は迷わず七海の部屋へ向かう。
部屋の前まで来ると、私は襖をあけて、七海の部屋の中へはいった。
相変わらずシンプルな家具ばかり揃えてある。
私は、一先ずセンターテーブルの側に置いてあった座布団の上にゆっくりと腰を下ろした。
そして、改めて360度、七海の部屋を見渡した。
すると、私の目があるものをみて止まった。
視線の先は七海の勉強机の上。
私は、ゆっくりと立ち上がって、その勉強机に近づいた。
そこにあったのは、一枚の写真が入った写真たて。
以前来たときはなかったはず。
私は、そっとその写真たてを手に取った。
そこには、無邪気に笑う、七海と奏と輝と……あと一人。
とっても綺麗な女の人。
輝と隣同士にいて、輝の方から女の人の方へと腕を回していた。
この写真は多分中学生ぐらいの時だろうか。
ここに写る輝の笑顔は本当に幸せそうだった。
「あーあ。見ちゃったかぁー」
七海がお茶を二つお盆にのせてやってきた。
私はとっさに、その写真たてを机の上に戻し七海をみる。
七海は、なにもなかったかのようにゆっくりと私の前を通り、センターテーブルの上に持ってきたお茶をコトンと置いた。
そして、座布団の上に座り込む。
「あかりも、座ってよ。話、長くなると思うから」
そういって、七海は優しく私に微笑んだ。
私はゆっくりとさっきまで座っていた座布団へと戻り、座った。
七海とテーブルを挟んで向かい合うような形になる。
「あの、七海、ごめ……」
「本当はね、ずっと言いたかった」
七海は、私が謝るのをわざと遮ったように思えた。
「うん」
私はただ頷くことしか出来なかった。
「輝の過去、知りたいんでしょ?」
七海は言葉をそう紡いで私に問いかけた。
私は、ゆっくりと首を縦に動かす。
「だよね。わかった。私たちはある時から暗黙の了解でこの話はしなくなったの。少なくとも私は誰にも言ったことがない。なんとなく、輝を悲しませることになるかもしれないと思って。輝のことを裏切ることになりそうで。話したことはなかったの」
「うん」
「だけど、その写真立て見ちゃったんだもんね」
「……うん」
「なら仕方ない。話すしかないね」
この時気付いた。
きっと、七海はわざと写真立てを机の上に置いたんだって。
この話をするための口実を作るための罠に、私はまんまと引っかかってしまったんだって。
七海はひとくちお茶をのみ、一呼吸おいて、ゆっくりと語り出した。



