涙の先にある光






「あ、あかり!おはよー!」



船の乗り場にいくと、既に私以外の3人が集合していた。
七海が片手をあげて私を呼ぶ。
私はその七海の笑顔にほっとして、笑顔になる。

そして、汽笛を鳴らして船が、港に到着した。
着港した船に乗り込む私たち。
いつも通り、金ちゃんが、船内から出てきて、私たちに微笑む。
そして学校に向けて出発する船。


「あかりさ、またなんかあったでしょ?」


隣で一緒に海を見ていた七海が、私の方を向いてニヤッと笑った。
輝といい、七海といい、奏といい、私の周りにいる人は、なんでこんなにも私のことがお見通しなのだろうか。

輝と奏はいま金ちゃんと楽しそうに話している。
ただでさえうるさいエンジン音。
きっとここで私が、輝に告白したことを言っても、輝と奏には聞こえないだろう。


「私ね、なん週間前かくらいに、輝に告白したの」


私は、七海の耳元で七海だけに聞こえるようにそういった。
すると、七海は、え?と、言いながら目を大きく開けた。


「で?どうだった?」

「振られたよ。気持ちがいいほどにスパッとね」

「そっかー……。なんで、早くいってくれれなかったの?」

「ちょっと、家がバタバタしてたの。お母さん、こっちきちゃって……」


私が、そういった瞬間、七海が、えーーっ!と大きな声をあげた。
幸い、エンジン音のおかげで輝たちには聞こえなかったよう。
以前から七海には、お母さんのことを話してあったため、驚くのも無理はない。


「大丈夫なの?」


七海が、心配そうに私の方を見てきた。


「大丈夫。何だかんだうまくやってるよ」

「本当に?」

「うん。本当に」


私は、そういって、微笑んだ。
七海は、そんな私の笑顔に安心したのか、七海も私と同じように微笑んでくれた。


「なぁ、あかり。お前の母ちゃん、千智帰ってきたってのは本当かよ」


後ろからふと聞こえた金ちゃんの声。
私が、振り向くとそこには、動揺している金ちゃんがいた。

金ちゃんのその動揺っぷりに、別の場所にいた輝や奏もこちらのほうを向いた。
もしかして、金ちゃんに私たちの会話聞こえてた?


「あ、金ちゃん地獄耳なの」


七海が、小さい声でそういいながら、私の隣で苦笑いをしている。


「あ、うん」


私が、そう答えると、目線を下げてからから、やがて、そうかと力なく返事をした。

その時丁度、船は私たちの学校のある島に到着した。
金ちゃんは、我に戻ったかのようにいつもどおり、いってらっしゃいと、私たちを送り出してくれた。

後ろ髪をひられる気持ちを抑えながらも、私たちはいつも通り船を降りて目の前に堂々と建っている学校へと向かった。

金ちゃんと私のお母さん。
金ちゃんのあの様子からして、二人の間で何かしらあったことは間違いないようだった。


「もしかして、金ちゃんが、前俺らに言ってた忘れられない人って、あかりの母ちゃんなのかもな」


港から学校に行くまでの道中、輝がそう思い出したように言った。

「私も、そう思う」


七海が、頷きながら、輝に同意する。
私以外のこの3人は金ちゃんから何かしらの話を聞いているらしい。


『あの子ね、私の初恋の人に似てるわ』


ふと、今朝聞いたお母さんの言葉が私の脳裏をかすめた。
もしかして。
お母さんの初恋の人が金ちゃん……なのだろうか。


「あかりさ、気になるんでしょ?金ちゃんの昔の恋バナ!」


学校の昼休み、七海と一緒に弁当を食べているとき、七海が、そう言って私の方を見てくる。


「顔にかいてあるよ」


七海は、そう言葉を繋いで口角を上げる。
私はいつもの表情を取り戻そうと必死になる。


「聞きたい?」


そういって、少し七海は上体を乗り出す。
実をいうと、午前中の授業中ずっと気にはなっていた。


「聞きたい」


聞いてみたい。
七海は、待っていましたと言わんばかりの笑顔になる。
そして、一呼吸おいてゆっくりと七海は語り出した。









――――時間は金ちゃんが、高校三年生だったところまで遡る。

当時、今私たちが住んでいるあの島には、まだ今よりも人がいたらしい。
そして、金ちゃんと、金ちゃんの初恋相手の女の人は幼馴染みで、付き合っていた。
だけど、ある日その初恋の人は夢を追いかけて東京へ上京。

今のように簡単に連絡がとれない時代だった。
金ちゃんは彼女に手紙を送り続けたものの、向こうからの返事は時間が経つにつれ来なくなり、しまいには、金ちゃんからも送ることを辞めた。

そして、金ちゃんは今も初恋の人を密かに想い続けているんだとか――――。











学校の帰り道、真すぐ家には帰らずに、浜辺に座り込んで、海を見つめながら七海の話を思い返していた。
あの3人は私のお母さんが、金ちゃんの初恋の人なのかもって言ってたけど……。
本当なのだろうか。

でも、話を聞く限り、可能性はある。
そして、あの金ちゃんの言動。


『なぁ、あかり。お前の母ちゃん、千智が帰ってきたって本当かよ』


気になる。
私は、そのまま上体を後ろに倒し砂浜に寝転んだ。
目の前に広がるのは、少しオレンジ色になりつつある空。


「あかり」


頭の上の方から聞こえた来た声。
この声は……。


「……っ!お母さんっ!」


私は、素早く体をおこし、声の方へ身体を向ける。
そこには、少し大きめのピンクのカーディガンを羽織った、お母さんの姿があった。
顔色はは悪くない。


「大丈夫なの?出てきて」


私が心配そうにそういうと、お母さんは少し笑って、こくんと首を縦にふった。


「あかりを迎えに来たのよ。夕食の時間よ」


そう言いながら、お母さんが私の方へ歩み寄ってきた。
さっきまで薄いオレンジ色だった空はもうその色を濃くしていた。
もうそんな時間か。

子どもの私が言うのも変だと思うけど、お母さんはかなりの美人だと思う。
少し高めの身長に、小さな顔と大きな目。
そして、二人の子どもを産んだとは思えないような、スラリとした体型。
きっと、若かった頃は男からほっとかれることはなかったんだろうって思う。


「お母さんさ……金藤寅之助さんって知ってる?」


私は直球に聞いてみることにした。
私が、金ちゃんのことを口にしたとたん、お母さんが動揺しだす。


「なんで、あかりが虎のことを……」


お母さんが言う虎とは、きっと金ちゃんのことをことなんだろう。


「お母さん、この島出ていくまで、金ちゃんと付き合ってたの?」

「……付き合ってたわよ」


お母さんは、一呼吸おいて、そう言葉を発した。
輝たちの予想が確信に変わった。


「でも、なんでそんなこと、今さら……」


お母さんが、動揺しながらも言葉を紡いだ。


「そりゃー、俺が原因なんだよ」


後ろから聞こえた聞き覚えのある声。
私とお母さんが、ほぼ同時にその方向へと目を向ける。
そこには声の主である、金ちゃんと……輝?
輝は私を見つけるなり、スマートフォンを右手にもって振って見せた。

きっと、輝は今日金ちゃんに直接聞いたのだろう。
初恋の人は私のお母さんなんじゃないかと。
その後、私を呼びにお母さんが海へ向かうところを偶然にも見たんだと思う。
そして、金ちゃんに輝が連絡したんだ。

輝は左手をヒラヒラさせて、私にこっちにこいと合図する。
久々の昔の恋人との再開。
二人っきりのほうがいい。

私は、軽く頷くと、急いで輝のもとへと向かった。
そして、金ちゃんも駆け出してお母さんの元へと向かう。
私が、輝のもとへとついたときには、金ちゃんもお母さんとたどり着いていた。


「金ちゃんさ、俺が連絡したとたんマジで仕事ほったらかしにして来やがってさ。絶対、帰ったら親父さんにきっちり怒られるんだろうなー」


輝は、お母さんと笑いあう幸せそうな金ちゃんを見ながら無邪気に笑い、そう呟いた。


「私にいってくれれば、何時でも会わせてあげること出来たのに」

「なんか、今日は千智さんの誕生日みたいだぜ?」

「え、そうなの?」

「お前、知らなかったのかよ」

「だって、しょうがないでしょ?……輝、付き合ってよ。お母さんのプレゼント選び」

「しょうがないな」


そういって、私たちは茜色になりゆく海に背を向けて歩き出した。
さあ、お母さんのプレゼントは何にしようか。
人生初のお母さんへのプレゼント。
きっと、今のお母さんなら何をあげても笑って貰ってくれるんじゃないかって思うんだ――――。