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 ____カキーン……

 白球は再び青空へと飛び上がり、その音は私の鼓膜を揺らす。現実が無慈悲に私たちの目の前に広がる。

 「わぁぁぁぁぁあ!!!」

 歓声は大きくなる。
 勝利があれば敗北がある。
 それは、当たり前のこと。

 「……ちっくしょう……っ!」

 巧はその場に膝をつき、崩れ落ちた。

 ああ。私たちは、負けたんだ。

 3年生はこれで最後。
 私たち野球部の3年生は3人。
 キャプテンの川原先輩。ムードメーカーの村上(むらかみ)先輩。いつも優しい大原(おおはら)先輩。
 3年生の目には涙が光っていた。

 野球部はゆっくりと巧の方へ集まる。
 川原先輩は座り込んでいる巧に手を伸ばした。

 「巧……。お前はよくやってくれた。ありがとう。お前と野球がやれてよかった」
 「先輩っ……。俺は……」
 「立て、巧。お前はよく頑張った。青の分までお前は頑張った」
 「先輩……」

 巧は川原先輩の手を握り、立ち上がった。
 そして、深々と頭を下げる。

 「来年こそ……この悔しさを、必ず晴らします。ありがとうございました!」

 巧を筆頭に、1、2年生は皆3年生に向かって頭を下げた。皆泣いている。
 どんなに監督に怒鳴られようが、きつい練習だろうが泣かない人たちが、あんなに泣いている。

 この悔しさをバネに、彼らは再び歩き出すんだ。
 勝利というものを追い求めて。

 「監督……。野球って……いいですよね」

 ベンチからその光景を見ていた私はぽつりと言う。

 「ああ……。そうだな」

 監督は私の隣で静かにそういった。





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 「なぁ……。今日空、青のところ行くのか?」

 試合が終わり、病院にいこうとしていた、私を川原先輩が呼び止める。

 「あ、はい。今日の報告を……」
 「俺たちも行ったら駄目か?3年だけだが……」
 「あ、はい。大丈夫ですよ。青も喜びます」
 「じゃ、ちょっと待って。あいつら呼んでくるから」

 先輩はそういって他の2人の先輩を呼びに駆けて行った。
 今から負けたことを青に報告しなければいけない。

 「はぁ……」

 私は一人小さくため息をついた。

 青は、人一倍の負けず嫌いだった。誰だって負けたくはないけれど、青の負けたくないという想いは、誰よりも強かった。
 試合に負ければ、今までの倍練習した。
 そして、また負ければ、またその倍練習をした。
 負けるたびに青はどんどん強くなっていった。
 私はそばでそんな青の姿をずっと見てきた。
 そんな青に負けたと報告することは、なんて辛いことだろう。

 「おっし……。空、待たせて悪かったなっ」

 川原先輩が戻ってきた。村上先輩と大原先輩も一緒だった。そして4人でゆっくりと歩き出す。
 もう、日が沈む。綺麗な茜色の光が私たちを優しく包み込んでいた――――。





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 「青……。先輩来たよ。川原先輩と村上先輩と大原先輩」

 青は相変わらず。ベッドでただ寝ているだけ。
 喋ることはない。

 「お前が倒れてから、久しぶりだな……」

 川原先輩は、どこか寂しげに青へ語りかけた。

 「お前さ……。目覚まさないから俺たち引退しちまったじゃねぇか」

 村上先輩は少し笑いながら言う。

 「お前が目覚ます頃、俺たちはどうしているんだろうな」

 大原先輩が静かにそう言う。先輩は皆悲しそうだった。
 当たり前か。
 負けた報告をしなければいけないのだから。

 「青……。お前に謝らなければいけないことがあるんだ。お前が楽しみにしていた甲子園に繋がる試合。負けちまった。本当にすまない。俺たちの力不足だ。俺たちが不甲斐ないばかりに負ちまった。……っ!本当に……ごめんな」

 川原先輩は青のベットに崩れ落ちた。泣いている。
 あんなに普段頼りになって、しっかりしている先輩が。

 「……っ!ごめんな……青」

 村上先輩も泣いている。

 「青……。すまねぇっ!」

 大原先輩も泣いている。先輩皆泣いている。
 なんで泣くの?
 青はきっと

 「先輩……。青はきっと怒ってないし、先輩方に謝ってほしくないと思っています。むしろ、青はきっと先輩方に謝りたいと思っていますよ。だって、青、先輩方のこと本当に尊敬していましたから。大好きでしたから」

 なぜ、こんなこと言ったかは自分でもわからない。
 先輩を励まそうとか、そんなことで言ったわけじゃない。

 ただ、青の気持ちが私にはなんとなくわかったから。
 そうなんだよね、青。

 その瞬間視界がにじみ、足元がふらつく。
 あれ……体に、力が入らない……?
 先輩たちの顔が、霞の向こうに消えていくように見えた――。

 「おい、空っ」

 川島先輩の声が聞こえ、そのまま私は意識を失った。