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「わあぁぁぁぁぁあ……! 藤青学園っ!」
青空の下、たくさんの声援がスタンドから聞こえてくる。
9回裏。
こちらからの攻撃で2アウト満塁。
点数は1対1。
バッターは主将の川原先輩。
「ふぅ……」
先輩が大きくネクストサークルで深呼吸をするのが分かった。
先輩……緊張してる。当たり前か……。
ここで打てばサヨナラだ。こんなところで私たちは負けていられない。目指すのは甲子園という大舞台。
川原先輩はネクストサークルでゆっくりとバットを握り直し、立ち上がる。
「先輩!ここで負けたら私、青に笑われます。勝ちましょう」
私はベンチから精一杯川原先輩にそう叫ぶ。
どうして青のことが口をついて出たのか、自分でも分からない。けれど、それだけは絶対に負けられない理由だった。
川原先輩はネクストサークルからこちらを振り返り、
目を細め、優しく微笑んだ。
その笑顔に、私の胸の奥にあった不安は、ふっと溶けた。
『3番、ファースト、川原君』
「わぁぁぁぁっ!川原っ、かっとばせぇ~!!」
周りの声援は大きくなる。
きっと、川原先輩のプレッシャーも大きくなっているだろう。
でも、きっと大丈夫。なんたって、彼はこの野球部の大黒柱なのだから。
こんなことでは潰れない。私たちが目指すのは、まだ遥か先なんだから。
__カキーン……
白いボールが青空へと弧を描き、ゆっくりと吸い込まれていく。
サヨナラホームラン。
「わぁぁぁぁぁあ!!!」
一瞬の静寂のあと、歓声がスタンドを揺らした。
声援は今日一番の盛り上がりとなる。
ああ、まだ始まったばかりなんだ――――。
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「青、私たち明後日決勝かけた試合だから。本当に青はバカだよ。……本当に……バカ」
その後も私たちは勝ち続け、ついにベスト4に駒を進めた。
明日は決勝戦をかけた試合が行われる。念入りにミーティングをし、私たちは明後日の試合に備えた。
私はその帰りに病院により、今青のところにいる。
青に聞こえるはずもない私の声。
そんなの分かっているけど、話しかけられずにはいられない。きっと、私が報告しなかったら、青は怒るから。
青の手は相変わらず、私に握られるばかりで私の手を握ろうとはしてくれない。
そのたびに、悲しくなるけど、青の手は私を幸せにしてくれる。
私のことを守ってくれた、温かくて大きな手。
あの時、私をかばって突き飛ばしたのも――
泣きそうな心を支えてくれたのも、この手だった。
今日も私は勇気をもらう。
明後日……勝つから。私は、青の手をそっと私のおでこにつける。
絶対に……勝つ_______。
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「…っ!監督……このままだと……」
「ああ、でも頑張ってもらうしかない」
9回裏。
こちらの守備で、2アウト満塁の大ピンチ。
点数は2対2。
投手の舟橋先輩はもう限界。もともと肩に怪我をしている先輩。
先輩の肩はもう……。これ以上投げるのは危険すぎる。
きっと監督も分かっている。
だけど、この場を凌げるとしたら先輩の他にはいない。
難しい選択が迫られる。
「……駄目だ……舟橋を下げる。赤坂……お前が行け」
監督はポツリと言う。
きっと監督の判断は正しい。先輩の野球生命を守るための決断。
代わりの赤坂巧は1年生。
野球のセンスはあるがまだまだ荒削り。試合で投げるにはまだ早すぎる。
しかも相手は4番バッター。
こんな大事な場面で、自分が投げなければいけない。そのプレッシャーは計り知れないものだろう。
舟橋先輩がベンチに戻ってきた。顔には、涙が一滴頬を伝っているのが見えた。
先輩……悔しいんだ。当たり前か……。最後まで投げさせてもらえなかったんだから。
「……っ!すいませんでした。俺が不甲斐ないばかりに、巧に任せなければいけないことになって……」
舟橋先輩は私たちの前で深々と頭を下げた。
「先輩……。俺チャンスだと思ってますから。なんで謝るんですか?俺の見せ場作ってもらって感謝してるんすよ」
巧が優しく先輩の肩に手を置いた。
巧の声はわずかに震えていた。だが、その瞳は前を見据えている。自らを奮い立たせ、強さを演じようとしていた
「……俺、青が羨ましかったんすよ。」
ほんのわずかな沈黙のあと、巧は続けた。
「同じ一年生なのに、あいつは……俺よりずっとうまかった。試合にも出て、このチームのエースになった。俺は、ベンチに座るだけだった。悔しかった。悔しくて、たまらなかった。だけど……。青があんな目に遭った。俺の目標が、いきなり、目の前から消えたんです。……だから、俺、決めました。青が目を覚ましたら、絶対に焦らせてやる。だから……絶対に抑えます」
巧の目は、遥か先を見ている。もう、迷いはなかった。
そうだ、私たちはここで終わるわけにはいかないんだ。
巧は前へと歩き出す。マウンドへと。憧れの舞台へと。
だけど背中はまだ強張っていることを私は見逃さなかった。
私は巧の高い肩に手を置く。
頑張れ……巧。
心の中でそう呟く。
巧は少し驚いた顔で振り返り、また笑顔になる。
そしてまた歩き出す。青空の下へ。
あの、ピッチャーの舞台へ。
「巧ー!絶対に抑えろっ!」
ベンチから、野球部が必死になって叫ぶ。
私たちの戦いは……まだ終らない。
まだ終わらせないっ!



