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___5年後。
カメラのフラッシュが、次々と閃光を放つ。
目の前には、大勢の記者と押し寄せるカメラの波。
昔から、こうして注目を浴びるのは苦手だった。
こんな時、隣に巧がいたら――何度、そう思っただろう。
「新人賞をそうなめにした相原選手、今後の目標はありますか?」
一人の記者が、マイクを俺の方へ突き出してくる。
「目標……そうですね。自分らしい野球を貫くことです。ファンの皆さんに、心から楽しんでもらえるように。」
そういって、いつもの営業スマイルで微笑んでみる。
「では、相原選手のその野球の原動力はなんですか?」
また別の記者が、質問してくる。
「――青空、ですかね」
一瞬の静寂。記者たちの頭上に、クエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだった。
「相原選手の青空都市伝説……。もしかして本当なんですか?」
記者が恐る恐る聞いてくる。
「……え?なんですか、それ」
「今、相原選手のファンの間で話題になってるんですよ。相原選手が日中に出る試合は必ず、青空になるって言う……」
俺は、目をぱちくりさせる。
そして、カメラで撮られているということを忘れ、腹の底から、笑ってしまった。
「うはははははっ!そうなんですかっ!?……でも、本当かもしれないですね。俺、空に愛されてるんで」
再び、記者の頭上にクエスチョンマークが追加される。
そして、今度は、記者が目をぱちくりさせていた。
「あ、じゃもう、時間なんで今日はありがとうございました!あ、いい記事書いてくださいね!」
そういって、俺は足早にその場を去った。
外に出れば、もう夕方で空は茜色に染まっていた。
今日は、もう練習はない。
そして、なんていったって今日は_____。
「ただいまぁー」
スーツ姿の俺は車のキーをくるくると人差し指でまわしながら、左手で玄関の扉を開ける。
「おとーたんっ! だっこー!」
小さな足音と共に飛びついてきたのは、愛娘の朱莉《あかり》。ピンクのワンピースにくりくりの瞳――今年で一歳になる。
「おお、朱莉!いい子にしてたか?」
愛娘を高く抱き上げながら、リビングへと足を運ぶと――
「お、主役のお出ましだな!」
夏樹がビール片手に声を上げた。ソファには懐かしい顔ぶれがそろっている。
夏樹はチームは違うが俺と同じプロ野球選手。
「よ、期待の新人ルーキー!」
巧が、ニタニタと笑いながら、料理に手を伸ばす。
巧は今、医者として日々患者と向き合っている。癌患者が専門だとか。
「ってか、お前が父親とはなぁー」
町先輩が、ため息をつきながら、コップに日本酒を注いでいる。先輩は今、教師をやっているとか。
「本当に……。時の流れは怖いもんだわ」
西村が、くいっと、コップに入っていた焼酎を飲み干す。
こいつは確か、看護師って言ってたな。
「まぁまぁ……。青も成長したってことよ」
西村の隣にいた川崎が、笑いながら西村の肩を叩く。
こいつは確か、医者。巧と同じ、癌患者専門とか言ってた。
「朱莉ちゃん、あーちゃんに似てるから将来が楽しみだね」
瑠璃が、オレンジジュースを注ぎながら、笑う。
瑠璃は、今中学の野球部のマネージャーをやっている。
たまに、俺にアドバイスをもらいに来る時もある。
空と同じく、綺麗に育った。___性格は正反対だけど。
「ってか、皆俺をけなしに来たのかよ……」
そういって、俺も朱里を下ろして、上着を脱いで巧の隣に座る。
そして、その隣に彩が、料理の追加を持ってやってくる。
「青も、感謝しなよ。青のためにこんなに集まってくれたんだから」
彩は、ため息をつきながら、俺の隣に座った。
俺と彩は結婚した。
本当は、悩みに悩んだ。
迷い続けた。
あの日――卒業式から。彩に惹かれていたことは、自分でも薄々気づいていた。
空のことを忘れたわけじゃない。
いや――忘れることなんて、一生できないと分かっていた。
だけど、背中を押してくれたのは、空だった。
あの日、あの言葉が――
『青は、青の道を――』
この選択が正しいか、間違っているかは誰もわからない。
だから、あいつは間違っているとか、あいつは正しいとかそんなの他人が首を突っ込むことはおかしいと思う。
なら、俺のこの選択には誰も口出しはできない。
__空、お前を愛しているから、俺は今この場に居られる。彩といられる。
空がいたから。
空がいるから。
「まぁ、とりあえず乾杯しようぜ?」
俺はそういってコップいっぱいいっぱいにビールを注ぎ、前へ突き出す。
すると、中央にどんどんコップが集まってくる。
「誰が言う?」
彩はそう言いながらも、隣で、私が言いたいって顔してる。
「お前が言えよ」
俺がそういうと、彩は嬉しそうに笑う。
「やったあ~!それでは、私の素晴らしい料理と、青のプレーに……」
「「「かんぱ~いっ!」」」
皆のこの笑顔がずっとずっと続きますように……。
空、お前は上から見守っていてくれよ。
俺がそっちに行くまで――――。
青空が――俺たちに、微笑んでいた。
『かっ飛ばさないと、ぶっ飛ばすよ』
どこか懐かしくて、温かい――あの声が、今日も耳元に響いた。



