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 「水木さん、ご飯とお薬ね」

 相変わらず薄味で、消化の良さそうなご飯と薬が、ベッド脇のテーブルに置かれた。
 看護師さんが、ベッドの横でニコニコしながら、私が何か言うのを待っていた。

 「ありがとうございます」

 私は窓の外から視線を外し、看護師さんの顔を見た。すると、彼女はさらに満足そうに笑った。

 「彼氏さんの試合、13時から始まるわね」
 「はい」
 「相手はどこなの?」
 「南聖です」

 私はもう、青空の下に出ていない。青にも会っていない。
 でも、青はその青空の下——甲子園球場で、今も勝ち続けていた。
 甲子園ファンの間では”奇跡の黄金コンビ”とまで呼ばれているほど、青と夏樹は絶好調だった。
 テレビからでも、その迫力は十分に伝わってくる。

 そして、今日は準々決勝の日。
 相手はあの南聖。
 あの南聖のピッチャーは、このセンバツ大会で青と並ぶくらい、甲子園では注目を集める選手に成長していた。
 夏に、藤青に負けたことがそうとう悔しかったらしい。

 「そう……。勝てそうかしら」
 「わかりません……。だけど、青ならきっと勝ってくれますから」
 「ふふっ。相思相愛って感じね。羨ましいわ。水木さんも頑張らないとね」

 私たちが羨ましいか……。
 私は、あなたが羨ましい。健康な体を持って、食べたいものが食べれて、会いたい人にすぐ会える、あなたが羨ましい。こんな体になんてなりたくなかった。
 でも、今さらそんなこと言っていられない。

 私は、少し笑って、ただ「はい」と返した。

 「じゃあ、何かあったら、呼んでね」

 そういって、看護師さんは、静かに病室を出て行った。
 私の病室は個室。看護師さんの足音も遠ざかり、再び私一人だけになった。
 藤青では、これが当たり前だった。
 たまに、青が絡んでくれる。
 それだけだった。

 広い世界なんだけど、私の世界は狭かった。
 だけど、皆が手を差しのべてくれた。

 『泣きたいときは泣いていいんだよ。誰にも言わないから』
 ——あのとき、暗闇の底で、愛梨がそっと差し出してくれた言葉。

 『空は空でいていいんだよ』
 『青くんと空が幸せそうに笑う姿、私に見せてよ』
 ——美和の笑顔が、私を光へと導いてくれた。

 『大丈夫、こいつらを信じろ』
 ____会長が優しく見守ってくれた。

 『俺が奇跡を起こす』
 『俺のそばから離れるな、空』
 _____青が私に光をくれた。

 だから今私は生きていて、未来を見ることができる。
 だからこそ、今、寂しいって思ってしまう。
 1人が寂しいと……感じてしまう。

 「……はぁ……」

 誰もいない病室でただ一人、ため息をつく私。
 私は、目の前に置かれている、ご飯に手を伸ばす。
 スプーンで、おかゆに近いご飯をゆっくりとすくい、自分の口へと持っていく。

 おいしくはない。
 だけど、生きていくためには食べなくてはいけない。

 私はこの病院に、生かされている。

 この薬を飲まなかったら。
 私が、先生の言いつけを破って、今青に走って会いに言ったら。
 ご飯を食べなかったら。
 その先は”死”かもしれない。
 目に見えない恐怖。考えただけで、目の前が真っ暗になる。

 だけど、そんな私を救ってくれるのは青だった。
 手を差し伸べてくれたのは青だった。
 なんど突き放しても、青は私を離さないでいてくれた。

 だから、生きるって決めたんだ。
 この病院に生かしてもらうって。
 1人で、私はもう生きれないから。
 助けを借りないと、私はもう生きれないから。
 青のために生きるって、私を支えてくれたすべての人のために生きるって私は決めたから。

 ご飯をちょうど食べ終わったとき、誰かが私の病室のドアを開けた。

 学校は今、春休み。
 美和かなと思って、私はドア方へ視線を移した。

 「そーらっ!」

 予想通りの声に、私は思わず笑ってしまった。
 そこには、制服姿の美和が立っていた。
 今日は午前中は補習だったらしい。

 「来ると思った」

 そういうと、美和はニヤッと笑う。
 そして、美和は私のベッドに腰を下ろす。

 「テレビまだつけないの?もう13時なっちゃうよ」

 美和が、早く早くと手探りでリモコンを探し回る。

 「ああ、つけるから、あんまり動かないで。ベッド揺れちゃうから」

 私は、手元にあったリモコンをテレビに向け、電源スイッチを押し、チャンネルを合わせる。

 「はーい。ってか、私もベッド入っていい?」

 美和は、私の返事も待たずに、ローファーを脱いで足を布団の中へ滑り込ませてくる。
 そして、私と同じ体制になると美和は満面の笑みで笑いかけてくる。

 「なんか、姉妹みたいね?」
 「瑠璃と同じくらい手がかかりそう」
 「ふふっ、空お姉ちゃーん!」

 美和は、両手を広げて私を抱きしめてきた。

 「……あ、はじまったよ」

 そこへちょうど映し出される見慣れた人たちの姿。
 美和は私から腕を解き、画面を凝視する。

 この試合に勝てば、次は決勝。
 ここで、逃すわけにはいかない。

 「なんか……ドキドキするね」

 美和が隣で、微笑みながら、小さくつぶやく。

 「うん。本当に」

 私の心臓が、ドクンドクンと力強く高鳴っているのがわかる。

 『さあ、両チーム、ゲーム前の挨拶です』

 実況の声が、聞こえる。
 そして、バックからは球児たちの逞しい声が聞こえてくる。美和と私はもうテレビ画面にくぎ付けだった。

 『さて、もうすぐゲームが始まります。先に守りについたのは藤青学園高校です。それでは場内アナウンスで守備をご紹介しましょう』

 グラウンドで、散らばる選手たち。
 藤青が先に守りのよう。多分、青はこの試合最初から投げてくる。

 あの監督ならそうするはず。
 南聖とは全力でいかないと勝てないってことはわかっていると思うから。

 『まず守ります、藤青学園高校のピッチャーは、相原くん』
 テレビには、軽く肩をまわす青の姿が映る。
 少し笑っているようにも見える。画面越しでも伝わってくる。——青は、投げたくて仕方ないんだ。

 『キャッチャー、辻くん』
 夏樹は、マスクを着けていて、表情はよくわからないが、体の動きは軽そうだった。夏樹も調子はいい様子。
 その後も、藤青の守備選手が続々と紹介された。

 『今試合は始めから、相原が投げてくるようですね。瀬川《せかわ》さん、今大会では、絶好調の様子ですが、やや日にちが空いて、その投球がどうかということですね』
 『ああー、そうですね。まぁ練習はね、十分に積んできていると思いますけれども、やはり多少疲れはね、残っているかもしれませんね。まぁ、今日立ち上がり注目したいと思います』

 実況の会話に耳を傾けつつ、私は、テレビ画面に映る青の投球フォームを釘いるように見ていた。
 肩は問題なさそう。ボールも安定している様子。青の表情も柔らかい。

 そして、テレビ画面は切り替わり、打者が映し出される。

 『先攻、南聖は、1番のセンターの橋本からです。初戦は5打数2安打。非常に俊足のバッターです』

 打者は鋭く、青を睨んでいるようだった。
 バットを軽く回して、その打者は構える。
 その瞬間、ゲーム開始を知らせる、サイレンが球場に鳴り響く。

 どうか、青に勝利を。
 私は、祈るように心の中でつぶやいた。

 青の逞しい後姿がテレビ画面に映し出された。
 選手の緊張感が、こちらまでひしひしと伝わってくる。

 私は、ぐっと息をのむ。
 青が大きく振りかぶる。

 バットが振り抜かれた瞬間、ボールは吸い込まれるように夏樹のミットへ——。
 審判は、立ち上がり、ストライクと合図を出す。

 あと2球。
 青は、帽子をかぶり直し、再び、大きく振りかぶった。
 再び、青から放たれる豪速球。バッターは、身動き一つ取れなかった。
 再び、ボールが夏樹のミットに収まり、ストライク。

 『2球で押し込んできました。ここまで2球は外。ストレートで押してきていますねぇ』
 『そうですね。立ち上がり、ストレートを試すようにですね。しっかりと、アウトコースにコントロールされていますね』

 実況が流れる中、青は再び大きく振りかぶる。

 『おっと、ここで変化球ー!打ち上げました』

 実況が聞こえたと思った瞬間、カキーンという音が、聞こえてくる。
 一瞬ヒヤッとしたが、打ち上げられたボールは、すんなりと、サードのグローブの中に吸い込まれていった。

 『川本《かわもと》つかんで1アウト。まず、先頭バッターを打ち取りました、ピッチャーの相原。最後変化球でしたね』
 『そうですね。あの、いいチェンジアップだったと思いますね』

 心臓が、さっきよりも早く鼓動しているのが自分でもわかる。
 私は、小さく息を吐いた。

 テレビ画面では今、青の投球フォームがスローでリプレイされている。
 相変わらず、軸がぶれない綺麗なフォーム。
 青の投げる姿は、何度見ても飽きなかった。

 「青くん、カッコいいね」

 美和が、隣で微笑んでいるのがわかる。

 「いつもだよ。青は、誰よりもカッコいい」

 私の顔はテレビ画面に向いたまま、ぼそっとつぶやく。
 すると、美和は、こちらを向いて、ニコッと笑いかけ来るのがわかった。
 私も、美和の顔を見る。

 「空、なんか素直になったね。自分の気持ちに対して」

 青にもそんなこと言われた気がする。
 いつだったかは忘れたけど。

 「そう……かな?」

 自分ではわからなかった。
 だけど、以前よりは、私は私のままでいられている気がする。

 「うん。将星に初めて来たときよりも、だいぶ雰囲気は柔らかくなったよ」
 「……本当?」
 「ふふっ。成長したってことだね」
 「だといいな」

 青が成長したように、私も成長したい。
 青に遅れをとらないように。
 私たちは、顔を見合わせて、ふふふっと笑った。

 病室の扉を開ける音がする。
 看護師さんが、食べ終わった食器を片しにきたのかな、と思って、私は扉の方へ目線を移す。

 「ねーちゃんっ!」

 そこには、ピンクのワンピースを着た、ツインテールの瑠璃の姿があった。
 あの夏の日から、瑠璃は、よく私の病室に遊びに来るようになった。

 お母さんは、瑠璃が一人で出歩くことに関して心配してよく思っていないらしいが、お父さんは、「まぁ、姉妹仲がいいことはいいことじゃないか」とか言って宥めていた。
 瑠璃はタッタッタっと駆けてきて、私のベッドに潜り込んで私に隣にくる。
 私は、美和と瑠璃に挟まれている状態。

 「ちょっと、瑠璃。お母さんにちゃんとゆってから来た?」
 「だってー。お家に誰もいなくて寂しかったんだもん」

 そういって瑠璃は口を尖がらせる。

 「いいじゃん、空。この瑠璃ちゃんの可愛さ。もう天使だよ。もーっ!私もこんな妹ほしいっ!」

 美和も、私の隣で口を尖がらせる。

 「あー、わかったわかったってーっ!ってああああっ!」

 会話に夢中で全然テレビ見てなかった。

 私が叫んだのに、びっくりしたのか、2人はビクッと体が震えた。

 ああ……いつの間にか、チェンジしてるし。
 どうやら、藤青は、1回表は南聖を0点で抑えたらしい。
 そして、打順はいつの間にか、回りに回って、もう3番打者。そして、2アウト3塁。

 えっと、次の打者は青だよね。
 ってことは、もうネクストサークルでスタンバイしてるのかな。

 「……ら…そ…空っ!」

 ふと聞こえた、大きな美和の声。

 「っ!……はいはいっ!」
 「もう…いきなり叫んだと思ったら、テレビに釘付けになっちゃって……ほら、看護師さんが食器取りに来てくれたよ」

 美和は、目線くいっとを看護師さんに向ける。
 看護師さんはくすくすと笑っていた。

 「仲がいいのね」

 そういって、看護師さんは淡々と机に置かれていた食器を下げていく。

 「あ、すいません」

 私はべこっと軽く看護師さんにお辞儀をする。

 「いいのよ。あ、水木さん、あのテレビに今映ってるの、彼氏さんじゃないの?」

 看護師さんは、テレビ画面に向かってくいっと首を振る。

 「あ、あーちゃんだぁー!」

 瑠璃の表情は穏やかになり、ニコニコと笑っている。

 「4番打者なんて、すごいわね。自慢の彼氏ね」

 看護師さんはそういって、静かに病室を出て行った。

 『4番、ピッチャーの相原です。いやー。この甲子園で相原はよく打ってくれますね』
 『そうですね。でも、南聖のピッチャーも手ごわいですからね』

 青は打席にたって、軽く肩をまわしていた。
 そして、ゆっくりと、バットを構える。
 青が息を整えている。
 そして、青の鋭い目がピッチャーを睨む。

 青のその目、私は嫌いじゃなかった。
 真剣なその目が、私は好きだった。

 審判がプレイボールの合図を出す。
 少し青に力が入る。

 ピッチャーの岩崎が大きく振りかぶった。
 それは、一瞬の戦い。
 ピッチャーとバッターの駆け引き。
 その一瞬に球児たちは全力をかける。

 審判が、ストライクの合図を出す。
 一瞬、岩崎の表情が柔らかくなるのがわかる。
 しかし、青の表情も柔らかくなったのがわかる。

 私の口元が少し緩む。

 「空、何笑ってるの?」

 美和が、不思議そうな顔で私の顔を覗き込んできた。

 「ん?バカだなと思って……」

 美和は、私の隣で首をかしげてた。

 青、あなたはきっと今以前とは格段に成長した南聖のピッチャーと戦えることにワクワクしてるんだろう。
 私にはバレバレだよ。

 __カキーン…

 ボールがバッドにあたる音がテレビから聞こえてくる。

 『相原高く打ち上げました。おっと、伸びます伸びます……。無人のエリアへとボールは落ちました。相原はその間に2塁まで行ったーっ!』
 『すばらしい足の速さですね。いやー……。あの岩崎があそこまで打たれたのは、今回が初ですよね。これから面白くなりそうですね』
 『はい。相原と岩崎。2人のエースがこの試合の見所になりそうですね』

 テレビ画面に、息を切らした、青の姿が映し出される。
 汗をぬぐって、次の塁に進む準備をしていた。
 その姿は、とてもかっこよかった。

 「あーちゃん、すごーいっ!ね、ねーちゃん!」

 瑠璃が私の袖を引っ張り、片手でテレビを指してニコニコしている。

 「本当だね。あーちゃんすごいね」
 「瑠璃ね、あーちゃんみたいな人と結婚するんだぁー!!」

 思わず瑠璃を見てしまう私。
 複雑な感情が渦巻く。

 「まさかの、ライバル出現??」

 美和が今にも吹き出しそうな顔をしながら、私の顔を色を伺ってくる。

 「でもね、あーちゃんは、ねーちゃんに譲るの。だって瑠璃、あーちゃんといるねーちゃんが好きだもんっ!」

 そういって、瑠璃は満面の笑みで私の顔を覗き込んできた。

 「空、よかったねー。瑠璃ちゃんが青君を譲ってくれるってー」

 美和は、肘で私をつついてくる。

 「うるさい。美和」
 「……はーい……。瑠璃ちゃーんっ!空ねーちゃんが美和ねーちゃんをいじめてきまーすっ!」
 「ねーちゃん、いじめはダメなんですっ!美和ねーちゃんかわいそう!」

 瑠璃はぷぅーっと頬を膨らませて、私の顔を真剣に見てくる。美和は私の隣で、ニヤニヤと笑っている。

 「そうだね、ねーちゃんが悪かったね」

 私は瑠璃の頭を優しくなでた。
 瑠璃はそれで納得したのか、満足そうに笑った……と思ったら___。

 「あああああっ!」

突然、瑠璃が大声をあげた。

「ちょ、瑠璃!ここ、病院だよ……」
「でも、空もさっき叫んでたよね?」
「ねぇーちゃん。あーちゃんが走ったよ?」

 走ったって……。
 バットがボールに当たる音なんて聞こえなかったけど……
 もしや……

 「「盗塁……!?」」

 私と美和の声が重なる。
 3塁に滑り込んだのか、右手を塁に伸ばしたままの状態の青。どうやら、判定を待っているようだった。

 こっちまでドキドキしてくる。
 ってか、今2アウトなんだよ?
 1対0でリードはしているけど、本当に危なっかしい。
 変な汗が出てきそうだった。

 『……っセーフです!今セーフの判定が出ましたっ!』

 実況の声が耳に響く。

 「「やったー!」」

 私と美和はお互い手を合わせて喜ぶ。
 瑠璃は何が何だかわからず、きょとんとしていた。

 「青君やるぅー!」
 「ほんと、危なっかしい!」

 本当にドキドキした……。
 でも、この緊張感が野球だよね。

 「ねーねー。とうるいって何?なんで今、あーちゃん走ったの?」

 瑠璃が再び私の袖を引っ張って、なんでなんでと目で問いかけてくる。

 その時、ちょうどまた病室の扉が開く音が聞こえた。
 今日は来客が多い。

 「おお、ここにいたか、瑠璃」

 そこには、スーツ姿の、仕事帰りであろうお父さんの姿があった。

 「あ、お父さんっ!今ね、ねーちゃんと、あーちゃん応援していたの」
 「お父さん、仕事今日は早かったんだね」
 「あ、こんにちは」

 3人ほぼ同時にしゃべる。
 お父さんは、はははっと笑っていた。
 そして、ゆっくり歩いてきて、瑠璃の隣にあった丸椅子に腰を下ろした。

 「おお、今何対何だ?」
 「1回裏の1対0で2アウト、1、3塁。3塁にいるのは青」
 「そうか……いい勝負だな」
 「うん」

 お父さんの口元が少し緩むのがわかる。

 「あ、美和ちゃん、いつも空をありがとうな」

 お父さんが笑顔で美和に笑いかける。
 美和は「いえいえ」と笑っていた。

 「ねぇねぇ、お父さん。あーちゃんが今とうるいしたんだってぇー。ねぇねぇ、とうるいって何?」

 瑠璃がお父さんの肩を小さな両手でゆさゆさとゆする。

 「おお、青が南聖相手に盗塁か。昔は空より足が遅かったのにな……成長したなぁ」
 「ねぇねぇ、とうるいってなぁにぃ~?」

 瑠璃は、早く答えてくれないお父さんが不満らしく、再び頬をぷぅーっと膨らませる。

 「お父さん、瑠璃が怒ってる」

 盗塁の説明はお父さんに任せて、集中して、試合を見たい。美和はもうすでにテレビに釘付けだった。

 「はははっ!瑠璃にはまだ野球は早いかもなぁ……。えっと盗塁っていうのは、ピッチャーが自分のところに投げてこないことに、賭けて、次の塁にランナーが進むことなんだ」
 「賭ける?」

 瑠璃は首をかしげて、わかんなーいって顔している。

 「はははっ!こういうのは、体で覚えるの一番だからなぁ」
 「あーちゃんってすごいの?」
 「ああ、すごいさ。盗塁は、足が速いことが絶対条件だからな。青は、野球に関してだけは、勘がいいからな」
 「ふーん」

 瑠璃は、満足したのか、テレビに目を向けて静かになる。

 『相原、先ほどは見事な盗塁を見せてくれましたね』
 『はい、いやぁー。この南聖相手によく成功させてくれましたね』
 『南聖の岩崎がここからどう出てくるのかが楽しみですね』
 『そうですね。やられっぱなしじゃないはずです。いやぁ……。興奮しますね。これぞ高校野球です』

 テレビに映し出された、険しい顔をした岩崎。
 多分、岩崎の本領発揮はここから。
 南聖と戦って負けてきたチームは皆、前半は調子が良かったものの、後半崩れていく。
 岩崎は、投げれば投げるほど、変化球にスピードが乗ってくる。

 岩崎はきっと、もう気づいている。
 コントロールだけじゃ、てっぺんは取れないってことに。

 青の投げる球とは、真逆の球。
 夏の時、青の投げる、球のスピードに、岩崎は圧倒されたのだろう。岩崎の肩は、あの夏の時に比べて、筋肉がついているように思えた。そして、多分、途中へばらないように、何球も何球も投げ続けてきたんだと思う。

 だから、油断は禁物。
 油断した瞬間、きっと藤青はやられる。
 でも、きっと今の藤青はそんなことはしないはず。
 ――――そうだよね……青。