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 目覚ましの音が、(相原青)の部屋に鳴り響く。 時刻はAM4:00。俺は枕元にある目覚ましに手を伸ばし、手探りにとめる。

 「……っくっ!……」

 俺は、ベットから起き上がり、大きく背伸びをする。そして、いつものトレーニングウェアに着替える。

 玄関の扉を勢いよく開けて冷たい朝の道を走り出した。

 走りながら考える。昨日空に言ったこと。 ”完全試合で抑える” ただの出まかせだって空には思われたくない。

 空が俺のことを何とも思ってないことは、とっくの前から気づいていた。 本当は悪いと思っている。 だけど、誰にも空だけは取られたくなかった。

 女子は皆は、空のことを ”無愛想”だっていうけど、感情表現が苦手なだけで。 ”怖い”っていうけど、表情を作るのが苦手なだけで。 ”何考えているかわかんない”っていうけど、人見知りな性格だからであって。 空のこと知りもしないで好きなことばっかり言っている。

 男子は、皆 ”美人だ”とか”高嶺の花”とかいってる。 見た目ばかり。

 空が美人なことは、随分前から知ってるし、可愛いことだって知っている。 だから、あのとき、俺と付き合うことに対して首を縦に振ってくれた時は心の底からうれしかったのを今でもよく覚えている。その返事に気持ちがなくとも――――。

 ――――なぁ、空。いつかお前の口から、俺が好きだって言わせるから。 それまで、俺を頑張らせて。 んで、絶対にあの約束だけは守らせて。 お前と俺の幼い、子どものころに交わした、あの約束だけは______。

 「……っ……ん?」

 いつの間には俺は10キロ以上走ってきてしまったらしい。 やばい……。もう5時じゃね? ここまで走ってくるのにも1時間かかった。 ただでさえ疲れているのに、ここから1時間以内で戻るのは……無理っ!

 朝練は6時30分から。かつ、空が俺を6時に迎えに来る。 本当にやばい!いそがないと、無理とか言ってられないわ。

 「……っ!」

 俺は、急いで家へ向かった。風が妙に気持ちよかった。 まるで、俺の背中を押してくれているようだった――――。






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 俺は勢いよく家の玄関の扉を開ける。

 「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 つ、ついたっ! 家からは朝食のいい匂いがする。朝から何も食べていない俺。食べ盛りの俺にはたまらない匂い。俺は吸い込まれるように、リビングへ向かった。

 「あら、青!今日遅かったじゃない。もう6時よ。空ちゃん来てるし……」

 母さんはちょうど朝食を片付けようとしていた。 俺のご飯は?

 「青、朝食弁当にしといた。ほら、準備しないと遅れるじゃんっ!あ、おばさん!タッパありがとうございます」 「いいのよ。バカ息子おねがいね。空ちゃんいると助かるわー」

 空は俺の家の空気にすっかり溶けんでいて、黙々と、テーブルに座っり、タッパにおかずを詰めていた。

 「あ、空さんきゅっ!」

 俺はそう言葉を残して高速でシャワーを浴びに向かう。そして、部活道具しか入っていない鞄を持って玄関を出た。空は、俺のチャリをちゃんと用意して待っていた。

 いつもはチャリなんて乗らないけれど、今日は急いでいる。そのことを空はわかっていて、チャリを引っ張り出してきたんだろう。

 時刻は6時20分。学校まではここから2.5キロくらい。 かっ飛ばせばギリギリ間に合う。 俺は勢いよくチャリのカゴに鞄をのせ、チャリにまたがる。

 「空、乗れ!見つかったらやべぇけど、まぁ、なんとかなるだろ」
 「……え。……まぁ、しょうがないか。でも落とさないでよ?」
 「わかってるって。彼女を落とす彼氏がどこにいるんだよ!」
 「私の目の前」

 空の変わらないいつもの調子に笑みがこぼれる。 俺は空が乗ったのを確認すると、勢いよく前へ漕ぎ出した。

 「空っ!」
 「ん?」
 「大丈夫だって……守ってやるから……」

 ふと俺の口からふとこぼれた言葉。なぜ、今言ったのかわからない。だけど、なぜか今言いたかった。

 「ありがと……」

 消えそうな空の声。確かに聞こえた。

 自転車の漕ぐスピードは、速くなる。――――今聞けてよかった。

 俺らの向かう先は未来。その未来に、何が待ち受けているかなんて、今の俺らには知るよしもなかった。