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「ん?お、あったあった!」
「こら、青!ポスト覗いてないで、早く朝ごはん食べなさーい!」
甲子園から1か月がたった。
帰ってきてから俺は、今まで以上に基礎体力強化に勤めた。肩も大分治ってきて、完全復活まであと少し。そして、今日、空からの手紙が我が家に届いた。
世界中に叫びたい。
――空から、手紙が届いたんだ。
空からの手紙を、俺は学校で読むと決めた。
まずはランニングでかいた汗を風呂で流し、朝飯をかっ込んで、勢いよく家を飛び出す。
今日は、青空だ。
まだ、残暑は残っているが大分涼しくなった。
空、待ってろよ。
絶対に成長して、センバツで優勝してやるから。
もーちょい待ってろ!
「おお、青。今日はやけに気合いが入ってたな?」
朝練終わり、巧が俺の肩を叩いてにやにやと笑いかけてくる。
「おう、巧の主将っぷりも、大したもんだな?」
俺は、そう言って朝練で使った物を片し、部活道具しかはいっていないカバンを持ち上げた。そして部室を出て教室へと歩きだす。
「おうよ。俺以外の野球部2年は馬鹿ばっかりだもんな?」
巧も、俺をあとに着いてくる。
「おま、それいったら……。まぁ、エースの座は渡さないしっ!」
「そのうち取ってやる。首洗って待っとけよ?」
「取れるもんなら取ってみろっ!」
巧とは、甲子園以来、今まで以上によく絡むようになった。
まぁ、空のこと知ってるのが、巧だけしかいないってのもあるけど。
そして、もう一人。
俺の新しい相方。
「よーうっ!お前ら俺おいてくなよ」
夏樹が、俺と巧の間に割り込んできた。
「おお、夏樹。びびった」
巧が笑いながら夏樹の頭を軽く叩く。
「わりわりっ!ってか、俺置いてくとかひどっ!」
「だって、お前が遅いんだもん。先生に怒られるの、俺はごめんだからな」
そう言って、俺は、再び歩きだす。
夏樹と、巧は、笑いながら俺の後に着いてくる。
いつも授業中寝てて怒られているだろうがと、そんな巧のツッコミを背中から受けながら_____。
「えーっと今日の予定は……」
朝のHR。俺にとっては昼寝の時間。
こんなの、クラスの誰か一人聞いてればよくね、なんて思ってる。ってな感じで、お昼寝タイムといきたいとこだが、今日は空からの手紙がある。
俺は、今にも踊り出したい気分で、ぐしゃぐしゃなカバンの中をあさっていた。
たしか……ここらへんに入れたんだよな。
お、あったあった!
青空の写真が印刷された封筒。宛名には、空の大人びた文字で「相原青様」と書かれている。
少し緊張した手で、自分の高鳴る胸を静めながら、俺は、ゆっくり封筒の封を開けた。
青へ。
きっと青はこの手紙を授業中に読んでいるだろうと思う。
当たったでしょ?
青のすることは大体予想がつく。
私、ちゃんとした手紙を書くのは初めてだから、うまく言葉が続かないけど……代わりに、病室から撮った青空の写真を送るね。
空より
記載の通り、封筒には綺麗な青空の写真1枚が入っていた。俺の口元は自然と緩んでいた。
今日ちょうどこっちも青空だし、俺も撮って送るかな。
俺は、そっとスマートフォンを取りだし、教室から見える青空を撮った。
それから、常備していたスカイブルーの便箋を取りだし、その一日、便箋とにらめっこをしていた。
先生は久々に授業中寝てない俺を珍しがって、やたらと褒めてきたけど――そんなの構ってる暇はなかった。
以前は、時間がなくて、思ってることぐちゃぐちゃに書いたけど、今回はそうとはいかない。
また、空にバカ!っていわれるしな。
同じクラスの、夏樹は俺の行動を怪しんだが、空のことを知っている巧は、その後俺の行動を理解しフォローしてくれた。
やっと出来上がった文章は、以前かいた手紙よりも文章力が乏しく思えたが、まぁ、早く出したいし、これでいいかと、そのまま封を閉じた。
「よし……。じゃ、今日病院あるから、部活休むわ。巧、あと頼むな?」
「おう、行ってこいっ!」
俺は、帰りのHRが終わると荷物をまとめ、学校を一目散に飛び出した。
青空の下を走るのは本当に気持ちい。制服で走るのってどうかと思うけど、今は何となく走りたかった。
早く投げたい。
夏樹のミットに思いっきり俺の球を投げたい。
野球がしたい_____。
✳
病院のドアを開けると、ひんやりとした空気が火照った体を冷やしてくれた。
「すっずしっ!」
思わず声が漏れる。
「……もしかして君、相原青くん?」
涼しさに感動していた俺の前で、白衣を着た一人の男が立ち止まった。年は二十代後半くらい。若くて、爽やかで、イケメンの分類に入る。
「あ、はい。相原青です」
すると彼は、優しく微笑んだ。
「やっぱり。中井先生から聞いたよ。肩、痛めたんだって?」
「あ、はい」
「甲子園、見たよ。いやー、久々に興奮したな。高校野球って、やっぱりいいね」
この人……まさか俺のファン?
少しニヤけてしまった俺に、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「空ちゃんのこと、知ってるよね?」
「え……」
急に出てきた名前に、思わず目を見開いた。
「あ、言わないほうがよかったかな」
「いえ……空のこと、どうして……?」
「会った? 甲子園のときに、空ちゃんに」
「……はい。会いました」
「そうか。よかった。私は、空ちゃんの元担当医、五十嵐です」
なるほど、だからか。合点がいった。
でも、一つだけ、引っかかることがあった。
「どうして……引っ越しを止めてくれなかったんですか。ここでも、治療できたかもしれないのに」
「うん……でも、あのときの空ちゃんの目、本当に真剣だった。どれだけ止めても、きっと聞いてくれなかったと思うよ。だから私は、彼女の意思を尊重しつつ、君が甲子園へ行くことにかけたんだ」
五十嵐先生は、まるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
「青くん、私は君に感謝してるよ。よく、あの場所へ行ってくれた。本当に、ありがとう」
先生は俺の肩を軽く叩いた。怪我していないほうの肩を。
空のことをこんなにも思ってくれる人がいる。その事実だけで、胸が熱くなった。
「五十嵐先生。空の担当医になってくれて、ありがとうございました」
深く頭を下げた俺に、先生は笑顔を向けた。
「いやいや、私こそお礼を言いたい。空ちゃんと関われて、私も楽しかったよ。……肩、大事にな」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、先生は足早に去っていった。
俺は、その後淡々とうけつけを済ませ、診察を受けた。
空のいる病院の医者からは野球肩って言われた。ピッチャーの宿命だとかなんとか。
こっちの医者も同じこと言っていて、俺は、1ヶ月投球禁止と言われた。ただ、俺の野球肩は軽傷らしく、1ヶ月我慢したら痛みはなくなるらしい。
朝練も皆が投げるなか、俺はひたすら筋トレ。
お陰で基礎体力もアップしたわけ。
んで、怪我から1ヶ月経った今日、医者から待ち望んでいる言葉はただひとつ。
「うん、もうだいぶ良くなってる。これなら、投げても大丈夫だよ」
そうそう、その言葉を俺は待っていた!
「まじっすか?っしゃあー!長かったぁー」
俺は、喜びを隠せず、声をあげる。
「でも、無理はしないように。少しでも変だとか思ったら、投げるのをすぐにやめること。重傷になったら、投げられなくなるかもだからね」
「うっす!」
「じゃー、終わり。お大事に」
俺は、満面の笑みで、診察室を出て、会計を済ませた。
もう鼻歌を歌いたいくらいルンルン気分だった。
病院を出たとき、既に夕日は沈み、星がかすかに見えてい た。
俺はスマートフォンを取りだし、電話をかける。
「お、青。どーだった?」
夏樹の元気な声が、俺の耳に響く。
電話に出たってことは、練習終わったということ。
「投げれる投げれる!だから、夏樹、ちょっと付き合って」
俺はそれだけいうと、スマートフォンをしまい、走り出す。明日までなんで待っていられない_____。
俺は学校のグラウンドに着くと、辺りを見渡す。
「おい、青。お前、一方的に電話切るなよ……」
夏樹の声がする方を振り向く。
夏樹は、ちゃんとキャッチャーの格好で待っていてくれた。
「さっすが、俺の相棒!」
「どーも。さっと着替えてこいよ。言っとくが、俺はヘトヘトなんだよ。少しだけだぞ?」
「りょーかい。光のような速さで着替えてくる」
俺は急いで着替えを済ませ、グローブをはめた。
そして、部室をでると、夏樹が、ちゃんとマスクを付けて構えていた。
「ストレッチはいいのか?」
「ああ、ここまで全力で走ってきたし大丈夫」
「そうか。じゃあ、思いっきりこいよ」
夏樹が、笑っているのが声でわかる。
こいつも楽しみなんだ。俺のボールがミットに当たるのを心待ちにしている。
「びびんなよ?」
「びびんねぇよ」
俺は、深く深呼吸をする。
この感覚、久々だ。この投げる前のワクワク感。
俺は、大きく振りかぶる。
___パシーンっ!
ボールがミットに当たる音だけが、グラウンドに響く。
「どうだ?久々の俺の球っ!」
俺が、そう言うと、夏樹はマスクを取ってゆっくりと立ち上がった。
「最高」
夏樹の声が上ずるのがわかった。
「だろ?……行こうぜ。俺らの代で、優勝だ」
「空にも見せつけないとな」
「ああ、そうだな。……ってなんでいきなり空って」
あれ、こいつ空のことを知らないはずじゃ……。
「あ、ごめん。巧から聞いちっまった」
唖然とする俺。
おいおい、何が聞いちっまった!だよ。
何可愛く言ってみようとしてんだよ。
だけど、夏樹はそんな俺に構わず無邪気に笑った。
「お前らさ、運命だよなー」
そして、一呼吸おいて、夏樹そうつぶやくように言ってから深くため息をつきグラウンドに座り込んだ。
「運命ねー」
俺はその言葉を噛み締めるように呟く。
「俺ってさ……。自分でいうのもなんだけど。女の子大好きじゃん?」
夏樹はそう言って、少し自嘲するように笑った。
夏樹が自分でそういう認識ができていたことに、思わず笑いが溢れた。
「おい、笑うなよ」
「わり、わりっ!ちゃんと自覚してたんだと思って」
俺は、夏樹の隣に、ゆっくりと腰をおろした
甲子園周辺の時期はひかえていたらしいが、最近になって、また彼女出来たとか言ってた。
「それくらい自分で認識してるわ。そして、お前ほどじゃねーけど、俺結構モテるじゃん?」
「まぁ、確かに」
夏樹がモテるのは知っている。
一重のくせに、男子にとっては大きな目。筋の通った鼻。鍛えられた体。
頭こそ坊主だが、その彫り深い顔はイケメンには変わりない。それプラス、人懐っこい性格のため、誰とでもすぐに仲良くなるところが、さらに夏樹の魅力を引き立てた。
「俺さ……恥ずかしい話、初恋とかまだな訳。今は手当たり次第ってか……そんな感じで今の彼女と付き合ってるわけよ。だからさー、お前らが正直羨ましいわ」
「……俺らがか?」
「おう。お前らが」
「はははははっ!」
お前のことチャラいとか思ってたけど、違うな。
お前は、誰よりも真面目だった。真剣に向き合っていたんだな。
「おいおい、そこ、笑うところじゃねーだろ?」
そう言いながらも、夏樹は俺につられて笑う。。
「頑張れよ。野球も、そっちも」
「おう。あのな……ずっとお前に聞こうと思ってたんだけど、空のことを好きってなんで気づいたんだよ。幼馴染みだったら、恋愛感情とかなおさら見分けつかなくね?」
夏樹の顔が真剣になる。
そんなの、聞かれてもな……。
いつからだったっけ。
……ああ、あの時だ。
中学に入ってすぐの頃――。
✳
季節は夏。
俺は相変わらず部活に打ち込み、空はマネージャーをしていた。クラスにすっかり馴染んだ俺とは対照的に、空は一匹狼のままだった。
幼馴染として、空が一人にならないよう気を配ってはいたが、限界があった。
そんなある日の昼休みだった。
隣のクラスの男子が、教室に来て空の名前を呼んだ。
確か隣のクラスの奴。
空は不機嫌そうに席を立ち、そのまま男子の方へ行って、教室を出ていった。
「水木さん、まただねー」
「この前、あの二年の先輩から告白されてるの見たよ」
「え、サッカー部のエースでしょ?」
「そうそう!」
「私、元バド部の三年に告白されてるのも見たよ」
「マジ!?ヤバくない?」
近くにいた女子の会話が嫌でも耳にはいってくる。
空が密かにモテているのことは何となく知っていた。
「青、いいのかよ。水木さん、取られちゃうぞ?」
隣にいた男子が、ニヤニヤしながらちょっかいをかけてくる。
「別にー」
俺は、ぶっきらぼうにそう答える。
空が誰とくっつこうが、俺には関係ない。
そう思ったが、何が胸に引掛ってはいた。
「おい、空。帰るぞっ!」
祝日の午前練の日のこと。
今日は天気がよく、青空が広がっていた。
家が近い俺と空はいつも部活帰りは一緒だった。
そして、話すことは、野球のこと。
野球のことに詳しい空は、俺の話に余裕で着いてくる。
「走れーっ!」
小学校のグラウンドを通ったとき、ふと聞えたどすのきいた声。
「おお、青と空じゃねーか。部活帰りか?」
おじさん!
おじさんは俺らに気づきにこやかに手を振ってくる。
空は相変わらずむすっとしていたが、俺は、笑顔でおじさんに手をふりかえす。
「青と空ー!ちょっと、キャッチボールでもしてくか?」
「はーい!していきまーす!」
考えるよりも先に返事をしてしまう俺。
「……青」
空の機嫌が悪くなる。
「ちょっとだけだからな、な?」
俺がそう言うと、空はむすっとしながらも、グラウンドへと足を踏み入れた。
俺もそのあとに着いていく。
ちびっこたちが、一生懸命おじさんのノックする球に食らいついていた。
「よし……やるか。空、グローブはめろよ」
俺は、ヤル気満々でグローブをはめ、肩を軽く回す。
「え、私?」
「そう、お前。鈍ってないだろうな?」
俺がそういうと、空はおじさんからグローブを借り、キャッチボールができるように俺と間隔をとった。
「当たり前。私をなめないでよ」
「いくぞ?」
「いつでもどーぞ」
俺は、軽めに青のグローブめがけてボールを投げる。
____パシッ
グローブにボールが入る音が聞こえる。
俺は、この音が好きだった。野球してるんだなって実感できる音だから。
空も、俺のグローブめがけてボールを投げる。綺麗にボールが俺のグローブの中に収まった。
「お前、たまに投げてるだろ?」
ボールを投げ返す。
「よくわかったね」
ボールが投げられる。
「全く鈍ってねーもん。それどころか少し上達した?」
ボールを投げ返す。
「お父さんと週1ペースでキャッチボールはやってるからね」
ボールが投げられる。
「じゃあ、本気で投げてみろよ」
ボールを投げ返す。
丁度、空のグローブにボールが収まる。
空の口元が緩む。
空、お前は、俺のことをよく、野球バカだっていうけれど、お前も相当の野球バカだと俺は思う。
空は大きく振りかぶるり
そのフォームは俺に似ていた。
パシーン
さっきとは比べ物にならない音が、俺のグローブ内で響く。
「どう?」
「マネージャーにしては上出来」
俺がそういうと、空はむっと顔をしかめた。
「その枕詞いる?」
負けず嫌いの空が顔を出す。
対等に扱ってもらえないことがどうやら不満らしい。
「おじさーんっ!」
俺は、向こうでバットの素振りをしているおじさんを満面の笑みで呼ぶ。
「どした?」
おじさんは、バッドを持ちながらこちらへやって来た。
「ちょっと、俺の球取ってほしいんすけど」
俺はそう言うと、おじさんは嬉しそうに笑い、ミットをしっかりと付けて、空の横に並ぶ。
「空、こっちで勝負しない?」
俺はそう言っておじさんがさっき素振りをしていたバットを空に渡した。
空はグローブを外し、何回かバットを振ってから構える。
「腰抜かすなよ」
「私が打っても、文句言わないでよ」
空は、にやっと笑う。俺もつられて笑う。
少年野球のちびっこたちは、なんだなんだと、俺らの周りに集まってくる。
俺は大きく振りかぶる。
正々堂々ど真中に俺は投げ込む。
打てるもんなら打ってみろ。
___パシーンっ
「ストラーイクっ!」
おじさんの声が、グラウンドに響く。
その瞬間、騒ぐちびっこたち。
「すっげぇっ!はっやっ!」
「あの兄ちゃん凄いっ!」
「ボール見えなかったーっ」
ちびっこたちは目をキラキラさせて、俺を見てくる。
「もう一回っ!」
空が悔しそうに俺を見てくる。
その瞬間、俺の口元が緩む。
どんだけでも投げますとも。空が満足するまで___。
俺はその後、どれだけ投げたかはわからない。
気付けは、空は青から茜色になっていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…っ!」
俺の息はもう、上がりまくっていた。
もう、カッターシャツは汗で濡れている。
空も前髪がもう、額に張り付いている。だけどセーラー服で、まだ、構え続ける空。
「空、ラストだ」
おじさんの少し息の上がった声が聞こえる。
空は、少し物足りなそうな顔をしたが、首をたてにふった。
ラスト。空に最高の球を。
俺は今まで以上に大きく振りかぶる。
___カキーンっ…
ボールが空に放たれる音がした。
白球は茜色の空に一瞬溶けて、一塁を越えたあたりに落ちた。
「やったぁー!」
空はバットを持ったまま、両手をあげ、満面の笑みで叫ぶ。まじかよ……俺が空に打たれた?
「おお、さすが俺の娘」
おじさんは、ゆっくりと立ち上がり、軽く汗をぬぐう。
「打ったよ、青!」
空が珍しく、感情むきだしで喜んでいる。
悔しいはずなのに、俺まで笑顔になる。
「ははっ!まさか、打たれるとは思わなかったし」
「私のことなめすぎだし」
空は俺に近づいてきて、拳を俺の胸にぶつけた。
「流石、俺も負けてらんねーわ」
俺がそう言うと、空は無邪気に笑った。
その瞬間、俺の心臓が高鳴るのがわかった。
空って_____こんな顔もするんだな。
「お姉ちゃんすごーい!」
「あの球打つとか、かっこいいっ!」
「お姉ちゃん、教えて教えて!」
さっきまで観戦していたちびっこたちが、空の周りに群がる。空は、ビックリしているのか、両手を軽くあげ、お手上げ状態だ。
「おいおい、お前ら片すぞーっ!」
しかし、おじさんの声が聞こえると、ちびっこたちはブーブーいいながらも空から離れる。
空は、疲れきった顔で、学生鞄のおいてある方へ歩きだす。俺も、ゆっくりと空のあとを追う。
「青」
空が鞄を持つと、俺の方を向いて俺の名を呼んでまた笑う。
また、俺の心臓がキュッとなる。
「な、なんだよ」
俺は立ち止まって、空から目線を少しそらした。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
「今日はありがと。部活終わりで疲れてたのに」
珍しい。今日はやけに空がは素直だ。
「別に……。俺がキャッチボールしたかっただけだし」
俺がそう言うと、空は歩き出した。俺も重たい鞄を持ち上げて歩きだす。
俺らの帰り道を。
この日からだ。
空の笑顔に弱くなったのは。
そして、空が、告白されてるって聞くたびに胸が締め付けられるようになった。
「なぁなぁ、お前さ、さっきからぼーっと水木のことをばっかり見て……。大丈夫か?」
俺の隣の席のやつが、心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。
「え、俺、空のこと見てた?」
「え、自覚無し?……青、お前水木のこと好きってことじゃないの?」
"好き"という言葉にまた、心臓が高鳴る。
「あ、」
そんな俺を他所に、そいつは、俺から視線を外して教室の入り口の方を見る。そこには以前空のことを呼び出していた隣のクラスの奴がいて、ズカズカと空のいる席に歩いていくのが見えた。
「……うわ、水木、迷惑そう。確かに美男美女でお似合いなんだが」
その光景を見ながら苦笑する隣。
俺はゆっくりと立ち上がり、空のもとへ向かう。
「空」
俺が空の席へ行き、その男を睨む。
そいつも、俺をにらみ返す。
「……何。関係ないだろ」
男がそう言いながら、俺を睨み返す。 その横で、空が少し困ったように眉をひそめていた。
「関係あるよ。空は、俺の大事な……」
喉元まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。 今ここで言うことじゃない。そんな気がした。
「……友達だからさ。嫌がってるのにしつこいのは、やめてやれよ」
俺は、なるべく落ち着いた声でそう言った。 男は鼻で笑ってから、空の方を見て言う。
「……また今度、話そ。ちゃんと二人きりで」
そう言って、男は踵を返して去っていく。 教室が一瞬だけ静かになった。 空はため息をつきながら、俺に目を向けた。
「……ありがと。助かった」
「いや、なんか、勝手にしゃしゃり出た感じになっちゃったかも」
「ううん。……嬉しかったよ」
空は、そう言って、ふわりと笑った。 あのグラウンドで見たときと同じ笑顔。 また、心臓がドクンと鳴った。
「……なあ、空」
「ん?」
「今度さ、また……キャッチボール、しない?」
空は少し驚いたような顔をしてから、ふっと笑ってうなずいた。
「うん。約束だよ、青」
――この瞬間、俺は確信したんだ。
俺は、空が好きだ。
そして、この想いが、これからどんな風に形になっていくのか、それをまだ知らない、春のことだった。
✳
「おい、おい、青! お前、さっきから俺の話、聞いてたか?」
星がきらめく夜空の下。夏樹の声に、はっと"今"へと引き戻される。
「悪い。なんの話だったっけ?」
「はぁ? やっぱ聞いてなかったのかよ。俺の元カノの話!」
「全然、聞いてなかった」
「なんだよそれ……」
夏樹がグラウンドに力なく倒れ込む。
俺は、その様子を見て、思わず笑ってしまう。
夏樹も、呆れたように笑い返してきた。
「あのな、恋って……気づいたら始まってるんだよ。俺も、空も、そうだった。不確かで、曖昧で……でも、どうしようもなく愛おしい。――それが恋なんだと思う」
夜空を仰いでそう呟くと、夏樹はいつも通り、にかっと笑った。
「……のろけはやめてくれよ」
笑いながら体を起こす夏樹に、俺はそっと手を伸ばす。
「ま、とにかく。バッテリーとして、これからも頼むぜ? 夏樹」
ゆっくりと、俺も立ち上がった。
「おう! 行くぞっ! てっぺんに!」
勢いよく立ち上がると、夏樹は夜空に向かって叫んだ。
どうやら、切り替えはできているみたいだ。
俺たちは肩を並べて、ゆっくりと帰り道を歩く。
その道は、勝利へと続く道。
もう、負けない。
俺には、仲間がいる。
空がいる。
怖いものなんて、何もない。
自分の足で切り開いた道を、今、俺は歩いている。
この道は――きっと、君と繋がっている。そう、信じているから。



