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 9回裏、藤青の攻撃。
 点数は4対9。
 1アウト、三塁にランナー。
 私はレフトスタンドから青を見守る。

 「さっきの空の声、青くんに届いたかな?」

 そういって、美和がふっと隣で笑っている。

 「さあね」
 「なんか、以心伝心って感じだね」

 私は空を見上げた。
 今日の空は本当に綺麗だった。
 透き通るような青。何もかもを包んでくれる、やさしい青。

 大丈夫だよ。
 青ならできる。
 だって、私が応援に来たら青は無敵だって言ってたから。

 カキーン
 再び大空に放たれた白球。

 「うわあぁぁぁっ!フジセイっ!」

 応援の声が激しくなる。
 藤青が。青が再び打った。
 その打球は、高く弧を描いて——ライトスタンドへ吸い込まれていった。
 ホームランだ。

 「うっわっ!また、青くんかっ飛ばしたよ!よっぽど空にぶっ飛ばされたくないんだねー」

 私の隣で美和がクスクスと笑っていた。
 私もつられてふっと笑う。

 「相原、やるな。さっすが俺の、見込んだ奴!」

 会長が、満足げに美和の隣で笑っている。

 「でも、青は……ここで終わらない」

 私は、自分に言い聞かせるように、そっと呟いた。

 「たしかに。藤青はまだまだこれからだな。だが、南聖も、やられっぱなしじゃないはず」

 会長がじっとグラウンドを見つめる。
 美和は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 「ストライクっ!バッターアウトっ」

 審判の声が響く。 これで2アウト。
 点数は5対9。 この状況でこの点差はかなり厳しい。

 まずい。
 しかもランナーは誰もいない。
 ここで、打たなければ負ける。

 「藤青、ここで、打たなければ負けるな。藤青の次のバッターは……」

 そう言っている会長の顔も厳しく、次のバッターの名前を探す。
 私の記憶だと確か藤青の主将だったような____ 。

 『6番、ショート、森本《もりもと》くん』

 やっぱりそうだ。
 この藤青のキャプテン。やるときはやってくれる先輩。

 「もーりーもーとー!かっ飛ばせーっ」

 藤青アルプスからの応援がグラウンドへ飛ぶ。
 でも、まだ森本先輩は岩崎の球をいまいち、見極められていない。
 打てるか。
 打てないか。

 「あの人……多分打つぞ」

 会長が、顔色ひとつ変えずそう言った。

 「なんで、そんなことがわかるの?」

 美和が頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、会長にそう言った。

 「だって、目が違うから。きっと相原になんか言われたっぽいな。相原が今にもグラウンドに飛び出そうとしてるし」

 会長は可笑しそうに笑っている。
 私は、青のいるベンチの方に目をやった。
 青が、巧と夏樹に押さえられながら、森本先輩に何かを一生懸命叫んでいた。
 私の口がふっと緩む。

 「なにやってんの、あいつ」
 「野球バカだから仕方ないんだよな」

 そういって、会長がすっと席をたった。
 そして、ゆっくりとフェンスに近づいた。

 「藤青ーーっ!将星の分も勝てっ!かっ飛ばせっ!」

 大声で叫んだ会長。
 その声は……

 ___カキーン

 きっと……届いたはず。
 森本先輩が_____打った。
  しかも、初球で。
 そのボールはレフトのフェンスにぶつかり、グラウンドに落ちる。

 「走ってっ!」

 私は勢いよく立ち上がり、大声で叫ぶ。
 先輩は、全力疾走で走り出す。

 まだ終われない。
 私たちはこの試合勝たなければいけない。

 「セーフっ!」
 「わぁぁぁぁぁぁぁあ!森本っ!」

 審判の声とともに盛り上がるスタンド。
 ふぅ…と息をつく私たち。
 本当に、何が起こるかわからない。

 「気が抜けないな……」

 会長が、フェンスにしがみつきながら、静かに言った。

 「でも、青たち楽しそう。今まで見た中で一番この試合好きかも。なんか……すっごく生き生きしてる」
 「はいはい!空の口から好きという言葉っ!いただきました!」

 そういって、美和が私の肩に手を置く
 私の顔がその瞬間熱くなるのがわかる。

 「あれ、空。顔赤いよ?」

 クラスの子が、私の顔を見て、にやにやと笑っている。

 「えっ、それは……その……太陽のせいっ!今日、めっちゃ暑いし!」

 そう、いって私は頬に手を当てて、なんとか顔の熱を冷まそうとした。

 「まぁ、この試合に、相原は何か賭けてるんだろうな。何をかけてるかは、俺にはわかんねぇけど」

 そう言って、会長がニヤリと笑いながら私に目線を配った。

 「それはきっと、空だね」

 それにいち早く美和が反応する。

 「え、私?」
 「それ以外考えられないでしょ。空がいるから、今最高のプレーができているんじゃないの?」
 「私が……いるから?」
 「うん。だって恋のパワーって、ほんと、すごいから!」

 そう言った美和の手に少し力が入るのが分かった。

 ――青空へ、願いを込めて。

 藤青に、勝利を。

 青に、最高の一打を。

 だって私は、信じている。

 この空が、きっと彼に力をくれるって。
 そして、その願いは——きっと、届くと信じてる。