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 空――。
 お前、今日来てくれるのか。
 昨日、瑠璃に託した手紙。
 ちゃんと読んでくれただろうか。
 _____絶対に勝つ。
 お前の目の前で、勝ってみせる。

 誰かがベンチに座っていた俺の背中をたたく。

 「おう、青。集中してんのか?」

 町先輩だ。そして、俺の隣に座る。

 「今日の相手、なかなか手強そうです」

 ベンチからグラウンドを見つめながら、俺はつぶやいた。
 町先輩は俺の頭に手を乗せてくる。

 「なぁ青、お前なら大丈夫だ。お前と俺は最高のバッテリーだろ?」

 町先輩は俺を落ち着かせるように、そう淡々と話す。

 「それに……空と会ってきたんだろ?その顔じゃ、あんまりうまくはいかなかったみたいだがな」

 だが、唐突すぎる空の登場に動悸が高鳴るのが分かった。
 空と会ったってこと、巧にしか言っていないはずだった。
 俺の顔を見てなのか、町先輩はふっと笑う。

 「だって、お前、将星との対決の時、まるで空がいたときのように楽しそうに野球やるしよ。いやぁー。バッテリー組んでると、結構お前のこと見え見えなわけよ」

 そういって、町先輩はくすくすと笑った。

 「まぁ、空と何があったかはわからねぇけど、それは、試合が終わってからにしろよ?」

 そういって、町先輩はもう一度バシっと俺の背中をたたいて、グラウンドへ出て行った。

 そうだ。
 今は勝つことだけを考えるんだ。
 勝つことだけ……。

 「あ、そうそう」

 町先輩が、何か俺に言い残したことがあるらしく足を止めて、俺の方を振り返った。

 「勝つことより、楽しめ。そしたらきっと勝てる」

 そういって、笑う町先輩。
 川崎の言葉が脳裏をよぎる。

 『楽しむことの延長線上に勝利ってもんがある』

 俺はゆっくりと立ち上がった。
 さぁ、行こう。青空の下へ。

 「今日の、相手の南聖は、今年創立されたばかりだが油断はするな。特に、あの2年のピッチャーの岩崎には気をつけろ。以上、よし、整列だ」

 そういって、キャプテンは声を張り上げる。

 「「うっす」」

 球児の声が球場に響き渡る。
 スタンドは満席に近い。
 この中に空がいるかいないかなんてわかるはずがない……。

 「今から藤青学園高校と南聖高校の試合を始める。礼っ!」
 「「おねがいしますっ」」

 再び聞こえる球児たちの声。
 始まる。2度目の甲子園での試合。
 後悔のないように。俺の野球を。

 「青、肩の力を抜け、誠にも言われただろ?」

 ベンチの戻ろうとしたとき、巧が、声をかけてきた。

 「ああ、サンキュ」

 俺はその場で小さく深呼吸をする。
 きっと、まだ緊張してる。でも、それ以上に今は……わくわくもしている。
 早く投げたい。早く打ってみたい。
 早く……早く……。

 「青、先に守備だ。いいな!」

 町先輩に、ポンと肩をたたかれ、俺は気持ちを切り替える。
 マウンドに立つと、正面にはマスク越しの町先輩の目。
 その眼差しが、俺を信じてくれていることを物語っていた。
 はじめからかっとばす_____全力投球。

 試合開始を知らせるサイレンが鳴る。
 町先輩が俺にストレートの指示を出す。
 いきなり勝負に出る。俺は小さく深呼吸をして、構えた。
 そして大きく振りかぶる。

 「っ……!」

 投げる瞬間ふと漏れる声。

 「ストライク!」

 審判の声が響く。
 初球、見逃し――だが焦りはない。

 町先輩からカーブの指示。
 俺はその指示に小さく頷き、再び大きく振りかぶる。
 俺は相手をにらむ。

 「っ……!」

 ____カキーン

 打球音が響き渡る。
 ライトフライ。
 これくらいなら……。
 白球は、グローブの中にしっかりと入った。

 「アウト!」

 審判の声が響き渡る。
 その瞬間盛りあがる藤青アルプス。
 あと2回。
 俺はもう一度深呼吸をした_______。

 7回裏、こちらからの攻撃。
 点数は2対3で負けている。
 あの1番の岩崎の球はやはり特殊だった。
 打てると思ったのに、急にボールが消える。
 一体全体どーなんてんだよ……。
 なんとか、送りバントやスクイズ、犠牲フライで点数をつないでいた藤青。
 でもこのままだと……。

 『4番、ピッチャー、相原くん』
 アナウンスが俺の名を呼ぶ。

 今は、3塁にランナーがいる。
 たけど、ツーアウト。
 俺に残された選択肢はひとつ_____俺がここでかっ飛ばすのみ!

 「打つ」

 俺は、ベンチで小さくつぶやく。
 そして、俺は青空の下に出て、バッターボックスに立つ。

 『かっ飛ばさなかったら、ぶっ飛ばすからね――』

 スタンドのざわめきの中、その声だけが真っ直ぐ届いた気がした。

 「……っ!」

 いた。奥のレフトスタンドにいた。
 しかも、川崎とあの西村とも一緒。

 ……なんでお前の声だけが届くんだよ。

 「ストライク」

 いつの間にか、ボールは投げられていた。
 大丈夫。もう、俺は打てる気しかしない。
 岩崎、いい気分なのはここまでだ。

 俺はゆっくりと息を吐き、緊張を解きほぐす。
 周りの声援は聞こえなくなる。
 自分だけの世界に入る。

 そして、白球をじっと見つめる。
 岩崎は、大きく振りかぶった。
 この投げ方。
 このボールの動きは……見えた……ここ!

 「……っ!」

 カキーン――
 白球が、空を裂くように舞い上がる。
 その先には、空がいる。レフトスタンド。
 そして______入った。ホームラン。

 岩崎は、驚いた顔をしている。
 それと当時に、最高に盛り上がる応援団。
 そして、藤青のベンチでは、もう、チームメイトガッツポーズで俺に「回れ、回れ」と叫んでいる。

 ほらな。空、お前がいれば、俺は無敵になれる。
 お前がいれば、俺はどれだけでも強くなれる。

 「さっすが、うちのエースは違うなー!」

 そういって、夏樹がバシっとベンチに戻った俺の背中を叩く。

 「……った!ああ、まあな!」

 そういって、笑顔になる俺。
 すると、誰かが、俺の頭に手をのせた。

 「空、いたのか?」

 町先輩。俺にしか聞こえないように耳元で言う。

 「レフトスタンドに」

 そう言うと、町先輩は、俺の頭を軽く叩いた。

 「青。後は任せろよ」

 そういって、町先輩はバッド握った。
 今の点数は4対3。
 まだまだ油断はできない。

 『5番、キャッチャー、町君』
 アナウンスの声と共に、青空の下へ出る町先輩。
 その背中が俺には大きく見えて、逞しい。

 「町先輩、かっ飛ばしてください!」
 スタンドを突き抜けるように、俺は声を張り上げた。

 この一打で、勝利を掴む。
 藤青の夏を、終わらせない。

 カキーン

 バッドに白球のあたる綺麗な音がする。
 ライトへと、ヒットを放った。

 「走れぇーーーっ!」

 スタンドと、ベンチから一斉に町先輩に飛ぶ声。

 「セーフ」

 審判の声が、球場に響く。
 タイムリーツーベースヒットだった。
 野球部ナンバーワンに足が早い町先輩。
 確か100mは11秒2とか言ってた。

 盛り上がるスタンド。
 緊張が走るベンチ。

 まだ、負けない。
 俺らは最後まで諦めない。
 だって、空が見てるから_____。