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 『いやぁ、この試合の注目は、やはりこの2年生でしょう』
 『藤青の相原、そして将星の川崎ですね』

 テレビから実況の声が流れてくる。
 甲子園が始まった。
 あの夢の舞台に、今、青が立っている。
 幼いころから憧れ続けてきたあの場所に、自分の足で立ち、戦っている。

 今日は家族全員で、私の病室に集まり、テレビ越しに青の姿を見守っていた。

 昨日、突然私の前に現れた青。
 最初は幻かと思った。
 だけど――声を聞いて、確信した。

 あ……青だって……。
 何度も、何度も心の底から会いたいと願っていた、あの青だって……。

 会った瞬間、心の奥に封じていた気持ちがあふれ出した。
 青は、何ひとつ変わっていなかった。
 あの笑顔も、声も、すべて――私が、大好きだったまま。

 でもね、青――
 あなたは変わった。強くなっていた。大きくなっていた。
 そして今、あなたは、青空の下で戦っている。

 私はここから、あなたを応援しているから。
 ――がんばれ、青。




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 _____9回表、青たちの攻撃。
 2アウト1塁にランナー。得点は4対1。
 藤青が3点リードしているが、油断はできない。
 ここで、できるだけ得点をとりたいところ。

 「あ、あーちゃんだっ!」

 そういって私の隣に座ってた瑠璃は、テレビ画面を指差す。その先には、大人びた青の真剣な姿があった。

 「ここが勝負だな」

 お父さんが、真剣にテレビ画面に映る青をみる。

 「青くん。成長したわね」

 お母さんが、懐かしそうにそういった。
 青の野球をする姿を見たのは本当に久しぶりだった。
 私がそばにいた時よりも格段にレベルアップしている。
 青はちゃんと私がいなくても、前進していた。

 『いやぁ……。いきなり相原はかっ飛ばしてくれましたからね。次はどんなプレイを私たちに見せてくれるんでしょうか』

 実況の声が、私をより興奮させる。
 試合の冒頭、全国に藤青のエースの力を見せつけた。

 バッターボックスに立つ青は、深く深呼吸をしたように見えた。自分の最大限の力を出すために、緊張を和らげる。

 もう一度、この大空へ。この青空へ。
 白球をかっ飛ばせ。

 ピッチャーが大きく振りかぶる。

 「ストライク!」

 空振り――それでも、青の表情に焦りはなかった。

 再び大きく振りかぶるピッチャー。

 「……打てっ!」

 思わず小さく、願うように呟く。

 ――カキーン。

 白球が、再び空へと放たれる。
 行け、どこまでも。
 青に。藤青に、勝利を。

 「わああああぁぁぁあ!」

 本日初のホームラン。
 青は、甲子園で初めてのホームランを打った。
 気持ちよさそうに、ダイヤモンドを駆け抜けていく。

 『ホームランですっ! 相原、甲子園の舞台で見事な一発! いやぁ……やっぱりすごいですね、今、注目ナンバーワンの選手です』

 実況も興奮を隠せない様子。
 私も……できるなら見たかった、この景色を、球場で、青と一緒に。

 だけど――もし行ってしまえば、もう引き返せなくなる。
 この試合で最後と、私は決めていた。
 時間は、もう、残されていない。




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 本当は大内先生から外出許可はもらっていた。会長には嘘をついた。会長はきっと、私を甲子園球場に連れて行こうとしていたんだろう。

 今、会えてよかった。
 青のたくましい姿を今こんなに堂々と見れるから。
 だから、今私と青を会わせてくれた、会長をはじめとするクラスの皆には本当に感謝している。
 だけど______この試合が終わった後ちゃんとお別れをしよう。
 私と青がもう二度と、会わないように。
 明日を生きるキミがちゃんと前に進めるように。
 もう、希望は抱けない。

 ……私は知ってしまった。
 あの日のことを――。

 1か月前の、あの日。
 お父さんとお母さんが病室をあとにして、しばらくして気づいた。
 お母さんの財布が、置き忘れられていたことに。

 私は重たい身体を引きずって、駐車場へ向かった。
 まさか、あんな話を聞いてしまうなんて――。

 「なんで……なんで、あの子だけ……っ!」

 駐車場に着いた瞬間、聞こえたのはお母さんの泣きそうな声だった。
 私は立ち止まり、身を柱に隠した。

 「大丈夫だ。俺たちの子だ。きっと……なんとかなる」

 お父さんも、泣きそうな声でそう言った。

 「……でも、余命1年なんて……あまりにも短すぎるわ……。空の命が、あと1年だなんて……」

 お母さんはそう言って、その場に崩れ落ちた。

 ――血の気が引くのが分かった。
 鼓動が速くなり、体が震える。
 私の命は……あと1年?

 あの日から、私の中で静かに、命のカウントダウンが始まった。





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 「……空。青は立派になったな」

 お父さんが、しみじみと言う。
 私は小さく、「うん」とだけ答えた。

 青は、明日も、そしてその先も、生きていく。
 私がいた時間よりも、もっとずっと長く、この世界で。

 「うわあああああぁ!」

 再び響く、甲子園の歓声。

 『藤青、久しぶりの甲子園で、見事に初勝利を挙げました!』

 頬を涙が伝う。

 ――青、やったね。
 あなたは、私の分まで。
 どうか、強く――生きて。

 この球場の歓声を、あなたの力に変えて。
 どうか、生きて。