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 「今日がどういう舞台か、わかってるな。ここまで来たからには――目指すのは優勝だ」

 キャプテンがグラウンドに声を響かせる。

 「「うっすっ!」」

 力強く返す、藤青ナインの声。
 相手は地元の強豪・将星高校。
 目指すのはただひとつ、勝利。それ以外はいらない。

 「空のことには協力したけど、明日の試合は全力で勝ちに行く。そこは協力できないからな」

 昨日の帰り際、川崎がそう言った。

 当たり前だ。本気で来い。
 ――こっちも全力で叩き潰す。

 「整列だ! 引き締めろ!」

 キャプテンの号令が飛ぶ。
 いよいよ、勝負の火蓋が切って落とされた。

 「今から、藤青学園高校と将星高校の試合を始めます。礼!」
 「「お願いしますっ!」」

 球場に響く、両校の声。
 一瞬だけ、川崎と目が合った。けれどすぐに視線を外す。
 それぞれの場所で、戦うだけだ。

 __火蓋は切られた。

 「青、誠となんかあったか?」

 ベンチに戻る途中、心配そうに巧が聞いてきた。
 俺は首を横に振り、「なにも」とだけ返す。

 快晴の空。まさに野球日和だ。
 試合開始を告げるサイレンが、球場に鳴り響く。

 ――空。病室から、見てるか?
 俺は、絶対に負けない。

 「青、わかってるな?」

 町先輩にバシッと背中を叩かれる。
 油断するな――あの決勝で、痛いほど思い知った。

 「はい!」
 「うっし。行ってこい。全国に、お前の実力、見せてやれ」

 先輩は笑って送り出してくれた。





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 1回表、1アウト一塁。

 『4番、ピッチャー、相原くん』

 アナウンスが俺の名前を呼ぶ。
 ここは甲子園。誰もが憧れる夢の舞台に、今、俺は立っている。

 後ろを見れば、仲間の姿。
 見上げれば、広がる青空。
 ――大丈夫。俺は、強い。

 「よう、相原。かっ飛ばせるもんなら、かっ飛ばしてみろ」

 マスク越しに川崎が、俺だけに聞こえるように挑発してくる。
 思わず笑みがこぼれた。

 「言われなくても、かっ飛ばしてやるよ」

 バットを強く握り、ピッチャーを睨む。

 ピッチャーが大きく振りかぶり、ボールが俺に向かってくる。

 カキーン!
 乾いた音を残して、白球は青空へと舞い上がった。

 バットを放り投げた俺は走り出す。

 一塁を余裕で駆け抜け、目指すは三塁!
 レフトとセンターの間に落ちた打球に、野手がすばやく反応。
 だが、もう俺は二塁を回っている。

 前のランナーも、必死に本塁を目指している。
 走れ――もがけ。息を切らしても、走れ!

 「……サードッ!!」

 ショートから三塁へ送球される。
 俺は迷わずスライディングに入った。

 「くっ……!」

 ずざざっと音を立てて滑り込み、サードのグローブが俺を迎え撃つ。

 ――ほぼ同時だった。

 「……セーフッ!!」

 審判の声に、藤青アルプスが沸き立つ。
 俺は立ち上がり、ガッツポーズを突き上げた。

 1対0。試合は初回から大きく動き出す。
 結果は――誰にもわからない。





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 5回裏、守備。1アウト三塁。

 依然としてスコアは1対0。
 次の打者の名が告げられる。

 『2番、キャッチャー、川崎くん』

 こいつだけには、打たせない――打たせてたまるか。

 川崎がバッターボックスに立ち、鋭く睨んでくる。
 俺は振りかぶって、投げた。

 「ストライク!」

 バットは振られず、見送られた。

 もう一球――振りかぶって、投げる。

 「ストライク!」

 空振り。あと1球――あと1球で、アウト。

 __『油断するな』

 頭の中に、町先輩の声がよぎる。

 油断はしない。全力で――抑える!

 構えた川崎の目が、ギラリと光った。

 投げたボールが一直線にミットに吸い込まれる……その瞬間、

 カキーン!

 バットが空気を切り裂く。
 打球はショート方向へ鋭く飛んだ!

 「ショートッ!」

 俺の声に、岡田が反応。
 飛びつくように捕球し、そのまま町先輩へ送球!

 三塁ランナーもスライディングで突っ込んでくる。

 ほとんど同時!

 「……アウトッ!!」

 審判の声に、藤青アルプスが歓声を上げる。
 俺はふぅっと大きく息を吐いた。

 今の球は、きっと自己ベストに近い速さ。
 狙ったコース、思い通りの球だった。

 ……それでも、打ち返された。

 川崎誠――やはり簡単には打ち取らせてくれない。
 甲子園には、こんな奴がゴロゴロいるのかもしれない。

 けれど――

 俺の口元に、自然と笑みが浮かぶ。

 ……楽しい。わくわくする。
 ここで戦えることが、たまらなく、嬉しい。

 「ふぅ……」

 息を整えて、気持ちを切り替える。

 この舞台で、俺たちはまだ何も終わっていない。