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 蝉が鳴く季節。
 あの夏が、また巡ってきた。

 病室の窓の外にも、蝉たちの声が届いている。
 今日は抗がん剤の投与はお休みで、体も心も、少しだけ軽い。

 見上げた空には、雲ひとつない青が広がっていた。
 そのあまりの眩しさに、思わず笑みがこぼれる。

 今ごろ、青は――
 甲子園出場をかけて、汗を流している頃だろうか。

 私は、あれから学校には戻れず、ずっとこのベッドの上。
 髪はすっかり抜けてしまい、季節外れの毛糸の帽子をかぶっている。
 「女の子だからね」って、お母さんが編んでくれた、水色の帽子。

 ベッドの横には、クラスのみんなが折ってくれた千羽鶴。
 先日、美和が「頑張ったご褒美だよ」って届けてくれた。
 無理に笑おうとしながらも、今にも泣き出しそうな顔で――

 カチャリ、とドアが開く音がした。

 顔を向けると、そこにいたのは、息を切らせた美和だった。

 ……え……?
 今って、授業中のはずじゃ――

 「なんで……?」

 思わず、かすれた声が漏れる。

 美和は、しわくちゃになった新聞を握りしめたまま、私の目の前に広げた。

 「空! 青くん、甲子園出場決めたよ!」

 ……甲子園……?

 紙面の大見出しには――
 「藤青学園、甲子園出場決定」の文字。

 思わず目を疑って、何度も見返す。
 間違いじゃない。
 そこには、汗だくで仲間たちと抱き合う、青の姿が写っていた。

 美和の顔は、泣いてるのか笑ってるのか、もう分からない。
 涙と笑顔が混ざって、ぐしゃぐしゃだった。

 青が――本当に――
 あの約束を、叶えてくれたんだ。

 頬を伝って、涙がぽろぽろとこぼれた。

 「空……青くん、甲子園に行くんだよ……!」

 美和の優しい声が、胸の奥まで染みてくる。

 私はそっと、窓の外に目を向けた。

 青空が、どこまでも澄みきっていた。

 ――青。
 あなたは、ちゃんと、自分の道を進んでいたんだね。

 やっぱり、強い人だ。
 あのとき、私はそばにいないという選択をした。
 それでも、後悔はしていない。
 あなたが夢を叶えるのを、ここで見届けられるなら――

 たとえ会えなくても、届かなくても、
 私は、ずっと応援してる。
 この命がある限り。
 尽きるその瞬間まで。

 「……美和、ありがとう」

 涙でぐしゃぐしゃのまま、それでも、私は笑った。
 精一杯の、心からの笑顔で。

 美和もまた、泣きながら、でもやっぱり笑って、
 「うん」と、静かにうなずいてくれた。

 甲子園まで、あと――十日。