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四月から五月にかけての体育は、体力テストに選ばれている競技をどんどんこなしていくだけの時間に過ぎない。自分の実力が数字に表れるのはいいけれど、もっと体を動かしたい。早く選択式になればいいのに……。と、俺はそんな考え事をしながら、余裕綽々で上体起こしを行っている野井ちゃんの足を抑えていた。
「はい、終わり」
「なーんだ、もう終わりか。俺、何回だった?」
「三十七。野井ちゃん、またトップなんじゃない」
余力を残しつつ、体育教師の終了の声を聞いて動きを止めた野井ちゃん。ケロッとした顔ですぐに立ち上がり、記録用紙に数字を書き込んでいた。周りは死屍累々たるありさまだというのに、たった一人だけ勝者の顔つきをしている。ここまで全ての競技で誰にも一位を譲ってこなかった男は、例に漏れず、上体起こしでも連勝記録をまたひとつ増やしている。
そんな彼に負けてられないと対抗心を燃やすけれど、結果はめちゃくちゃ必死に頑張って三十五回。ギリギリ十点にカウントされたからよかったけれど、男として野井ちゃんの身体能力の高さに嫉妬してしまう。天然の運動神経には、いくら足掻いたって努力型は勝てないのだ。
「うわ、蒼人、すごいじゃん」
「いや、俺よりすごいやつが隣にいるんだよ」
「まぁまぁ、野井ちゃんは別っしょ。比べるだけ損だって」
隣で寝転んだまま話しかけてくる水城は、立ち上がる素振りさえ見せない。そのままの体勢で記録用紙に書き込んでいるけれど、へにょへにょの汚い数字が増えただけだった。手を抜くのが上手な彼は、成績よりもしんどいことをやりたくないという気持ちが勝ったらしい。それでも、全ての競技でクラス上位に入る点数を叩き出しているのだから侮れない。
正直、そんな水城が羨ましいと思う。俺だって「こんなのめんどくせー」って言いながら笑っていたい。だけど「サッカー部の期待の新人エース」というレッテルを貼られてしまった以上、俺にはいつだって全力を求められている。
もしも俺が手を抜いたら「サッカーでもそうするのか」「先輩から奪い取ったくせに生意気だ」って、陰口を言われるに決まっている。それなら、最初からバカ真面目に全力で取り組んだ方がマシだ。たかが学校の授業。サッカーの邪魔になるぐらいなら、ちっぽけなプライドなんて捨ててやる。



