――コン、コン、コン。
ノックは三回。グラウンドに面した本館一階の奥、建て付けの悪いドアを横にスライドさせれば、ふわりと消毒液の匂いが漂ってくる。なんとなく懐かしさを感じるのは、小学生の頃によくお世話になっていたからだろうか。高校に入学してからは初めてだ。迷わずに来れたことに少し安心しながら、「失礼します」と声をかけてから足を踏み入れた。
「あれ……」
保健室の先生は優しい雰囲気の女性だったと記憶しているけれど、部屋の中にはその姿がない。タイミングが悪かったのだろうか。もう血は止まっているし、いなかったのだから仕方ないと言い訳して練習に戻ってもいいかな。
どうしようかなと悩んでいると、奥の方からシャッとカーテンを開ける音がした。ベッドで誰かが横になっていたらしい。音につられてそちらを見ると、びっくりしたように目を見張る男と目が合った。アイラインを引いているように見えるほど長い睫毛に縁取られた猫目が印象的だ。
外から射し込む柔らかな陽の光に照らされて、キラキラと眩しいほどに輝く金髪。ハーフアップにまとめられているおかげで、左耳につけられたいくつものピアスがよく見える。間違いなく、不良だ……。と、無自覚に後退りすれば、男はそれに気づいて我に返ったように表情を戻した。下を向いた視線が俺の足に向かう。
「ごめんなぁ、今、先生おらんねん」
「あ、いや、お構いなく。いたらいいなぁぐらいの気持ちだったので」
思ってもいなかった関西弁にドキマギしながらも、もういいやと諦めて振り返ろうとした時、「待って」と声をかけられた。
「え?」
「や、怪我しとるやん、自分」
「あー、これぐらい平気です。先輩に行ってこいって言われて来ただけなんで、もう血は止まってますし」
「怪我を甘く見たらあかんよ。大事な足なんやから。ほら、こっち座って」
良心からそう言ってくれている相手に「おいで」と手招きされて逆らえるほど、俺の心は荒んでいなかった。大人しく丸椅子に座れば、男は満足したように頷いて、慣れた手つきでがさごそと戸棚を漁っている。
不良だと思って最初はビビったけど、意外と怖くないもんだな。寧ろ、優しい。見ず知らずの他人のために、ここまでしてくれるのだ。この人が優しくないはずがないだろう。五分も経たないうちに、俺はすっかり警戒心を解いていた。



