きっと薫さんなら……。
無意識にそう比較しようとして、脳内に最悪の考えが浮かんでくる。
「獅子道くんは……」
「うん?」
本当に聞いてしまっていいものか、怖くなってちょっと躊躇ってしまう。もしも、そうだと頷かれたら……。想像しただけで、突然氷を放り込まれたみたいに心臓がきゅうっと冷える。だけど、答えを見ないようにするよりも、実際どうなのか気になってしまう気持ちの方が強くて、深く息を吐き出してから再び口を開いた。
「……獅子道くんは、あの人のことが好きなんですか?」
「えっ、な、何でそんなこと急に言い出すん!」
「……いや、少し気になったので」
泣いていたことすら忘れて、顔を赤くしながらあたふたと慌てる獅子道くんを見て、やっぱりそうだったかと落ち込んでしまう。あーあ、かっこつけたところで、そもそもスタート地点にすら立てていなかったのか。だせぇな、俺。
カラカラになった喉奥から必死に声を絞り出して返事をすれば、獅子道くんがまっすぐに俺を見つめて言う。
「ちゃうよ、かおちゃんは昔から面倒見てくれたお兄ちゃんってかんじで、そんな恋愛対象なんかやない」
「……ほんとですか?」
「ほんまに。お願い、信じてや」
「ふっ、分かりました。獅子道くんの言うことを信じます」
その姿があまりにも必死で、つい笑ってしまう。そんな俺を認めて、ほっと息を吐いた獅子道くんがくるりと指輪を回した。獅子道くんの指には少しぶかぶかのそれ。焦った時、落ち着かない時、獅子道くんが無意識にリングを触る癖は幾度となく見てきた。
「それ」
「ん?」
「指輪」
「……ああ、これ」
「薫さんに返しませんか?」
「え?」
「好きでもない人の指輪なんて着けないでほしい」
勢いのままに口から出た言葉。獅子道くんはハッと目を見開いていて、言ってから後悔が襲ってくる。すぐになかったことにしようとして取り消そうと口を開くけれど、獅子道くんの方が早かった。
「そうやね……」
一言だけ呟いた獅子道くんはリングを外して、音も立てずにそっとテーブルに置く。少しくすんだシルバーから解放された彼の人差し指が寂しそうに見えた。
「俺、単純やからさ、これ着けてたらかおちゃんが守ってくれてるみたいで心強かったんやけど……、もうあかんね」
さっき言われたことを思い出したのか、悲しそうな瞳で無理に口角を上げている。外してほしいと思ったのは事実だけど、それは俺の醜い嫉妬から生まれた押し付けで、そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
今日は空回りしてばかりだ。何にもうまくいかない。口下手なせいで、慰めの言葉ひとつ浮かんでこない。悔しさでじりじりと心が焦げていく。
唇を噛み締めながら、じいっと机に置かれたリングを見つめていると、突然ぴーんと閃いた。ばっと立ち上がって、急にどうしたのかとこちらを見上げる獅子道くんに、既に一歩を踏み出しながら告げる。
「獅子道くん、ちょっとここで待っててください」
「えっ」
「いいですか、誰に何を言われても着いていっちゃ駄目ですからね」
「小さい子扱いせんといて。蒼人くんはどこ行くん? 着いて行ったら、あかんの……?」
「っ、すぐ戻るので。ここから動かないでくださいね」
迷子みたいに不安そうに見つめられて心がぐらっと揺れるけれど、どうしても連れて行くわけにはいかない。良心に傷をつけながら、ぽつんと座る獅子道くんを残して俺は無心で走り去った。
「……もう、ほんまに蒼人くんは勝手な男や」
残された獅子道がそんな呟きを吐き出して、苦い表情で甘ったるいココアを一口飲んでいたことを知らずに……。



