勢い余って自分から行きたいとは言ったものの、初対面の年上相手にうまくコミュニケーションを取れるのかと聞かれたら、答えはNOだ。朝起きてからため息ばかり。ずっと憂鬱で、練習も若干身に入ってない。
「……はぁ」
「せっかくいい天気なのに、なーんかどんよりしてんね」
「美山……」
「なに? 失恋でもしたの?」
「なっ、してないけど」
気配を消して近づいてきた美山に突然肩を組まれて、内緒話をするみたいに囁かれる。中性的な見た目をしているせいで、ミステリアスで妖艶な雰囲気を纏っているけれど、今のこいつはただ人の恋愛模様をからかいたいだけだ。
「ふーん、好きな人がいることはやっぱり否定しないんだね」
「……お前なぁ、」
「あはは、そんな顔初めて見た! なーんだ、もっと近寄り難いと思ってたのに意外と普通じゃん」
「それ、普通本人に言う?」
「もしかして、気にしてた?」
「…………」
美山と話すと、調子が狂う。「蒼人もかわいいとこあるじゃ〜ん」とギャルみたいに話す美山の肩から逃れて、早めに退散しようと思って踵を返せば、後を着いてくる気はないようだった。
「デートの話はまた今度聞かせてね♡」
「っ、だまれ!」
こっそりと背中にかけられた言葉を聞いて、カッと頭に血が上る。声を荒らげながら言い放ったことを一瞬後悔したけれど、怒鳴られた本人は「あーあ、怒られちゃった」と悪びれる様子なし。ギャルはこんなことではへこたれないらしい。
「じゃあね〜」
そう呑気に手を振ってくる美山には何も反応を返さずに足を進める。きっと、俺が突然キレたように見えたのだろう。じろじろと不躾に見てくる先輩の視線は気にしないようにして、部室まで歩き続けた。
もう、全部無視だ。早く家に帰って、着替えて、獅子道くんに会いに行こう。
◇◇
土曜日の昼下がり、駅前は多くの人々で賑わっている。乗る予定だった電車を一本逃したせいで、改札を抜けてからも走り続ける。すぐに探していた姿は見つかった。化粧品の広告が貼られた柱の前、キャップを被って立っている。
(私服は意外とカジュアルなんだ)
制服姿しか知らないからドキドキと心臓がうるさい。初めて見る私服に見惚れてしまって、勝手に足が止まっていた。その視線を感じたのか、スマホを見ていた獅子道くんが不意に顔を上げる。ばちんと目が合った瞬間、花が開くように彼は笑った。
「っすみません、お待たせしました」
「あ、蒼人くん。走って来やんでよかったのに」
「早く会いたかったので……」
「っ、ほら、汗かいとるやん」
カバンからタオルを取り出した獅子道くんが、何も気にせずそれを俺の首元に押し当てる。
「汚れますよ」
「んー、ええよ、別に。汗をかいてるイケメンさんもええけど、蒼人くんがそのまんまやと不快やろ」
「……貸してください、月曜日に洗って返します」
「ええから、ほらじっとしといて」
ぴしゃりと言われて固まる俺の横を、二人組の女性がクスクス笑いながら通り過ぎていく。兄に面倒を見られている弟のような立ち位置が歯痒いのに、これ以上抵抗するのも年下っぽい振る舞いになりそうで動けない。
「もう気持ち悪いところない?」
「……はい、ありがとうございます」
ちょっとだけ気分が下がった俺の顔を覗き込んだ獅子道くんが、きゅるるとした瞳で見上げてくる。観察するみたいにじいっと見つめられるとなんだか耐えられなくなって、ふいと視線を逸らしてしまう。
恋心を自覚する前なら、普通にしていられたのに。ほんの些細なことで感情が大騒ぎするから、なかなか落ち着かない。



