「えー、今休憩に来たばっかなのに。蒼人はストイックすぎんのよ」
「こら、水城ー! サボってんじゃねーぞ!」
「ほら、呼ばれてんじゃん」
「げ、最悪。じゃあ、行くわ。お大事に」
ひらひらと手を振ってダルそうに去っていった水城は、飄々とした態度で顧問からの叱責をのらりくらりと躱している。口も八丁手も八丁、世渡り上手とはああいう奴のことを言うのだろう。俺には到底真似できそうにない。あれで中学時代は全国大会常連だというのだから、人は見かけによらないものだ。頭もそこそこ良いのだから、きっと要領がいいのだろう。
一人になって、ようやく静かになった水道。蛇口を捻って、水の量を調整する。勢いが良すぎたら、絶対痛い。こんなもんか、と意を決して、ちょろちょろとした水の流れに膝を差し出す。透明な流れによって、固まりかけていた赤が流されていくのをじいっと無心で見つめていれば、ある程度は綺麗になっていた。
(早く練習戻りたいんだけど……)
くるりと振り返ってグラウンドを見れば、入部してすぐにレギュラーの座を勝ち取った俺の代わりに控えになった先輩FWが生き生きとコート内を駆け回っている。楽しそうな笑い声まで聞こえてきて、無意識に胸の奥がきゅっと縮んだ気がした。
新入生が入学して早々、ポジション争いに敗れた先輩の肩を持つ部員の方が多いのは分かっている。特に三年生の先輩たちはそうなるだろう。突然現れた新人よりも長く一緒の時間を過ごしてきたのだから仕方ない。
キャプテンを始めとするレギュラー陣は冬の選手権まで残るけれど、三年生の中には夏のインターハイまでと決めている人もいる。残された僅かな時間、一緒にコートに立ちたいと思うのは当然だ。頭ではそう理解していても、時々こういう風に居心地の悪さを感じてしまうのはどうしようもないことだった。
これも全部、俺が未だに部に馴染めていないからだろうか。入学してもう二ヶ月が経つっていうのに、いつまで俺はこうしているのだろう。野井ちゃんみたいに、可愛げのある後輩になれたらよかったのに……。
頭から冷水をぶっかけたい気分になりながらも、蛇口を戻す。ないものねだりをしたって、すぐに性格を変えられるわけじゃない。手に持っていたタオルで濡れた足を拭いて、俺はとぼとぼと保健室に向かって歩き始めた。ちょっとだけ、あの輪の中に戻るのは気まずいなと思ってしまう自分がいることがショックで。なんてことないフリをして、平静を取り戻すには時間が必要だった。



