◇◇
「先戻ってて、あのボール回収してくる」
「いいよ、一緒に行く」
朝練を終えた後、グラウンドの隅っこに置き去りになっているボールを見つけて走り出せば、相変わらずの優男っぷりを遺憾無く発揮する野井ちゃんも着いてくる。さすが、野井ちゃんがモテるのはこういうところだろうなぁ。感心した目でうんうんと頷く俺を見た野井ちゃんが「なんだよ、その顔」と笑う。
「野井ちゃんがモテる理由を実感してただけ」
「おいダーリン、寝言は寝て言えよ」
「いつからダーリンになったんだよ」
辛辣に返される言葉に笑い返して、片付けを完了させる。一緒に部室まで走ってドアを開けようとすると、中から盛り上がった声が聞こえてきた。
「くぅ〜、彼女欲しい〜」
「俺、サッカー部はモテるもんだと思ってたんだけど、現実はそう甘くないんだよなぁ」
「いや、俺たちが悪いんじゃない。アイツが人気を独占してるんだよ」
「野井ちゃんだって、気付いたら彼女できてるし」
「何故だ、どうして俺に彼女ができない? 俺に何が足りていないんだ?」
「そういうガツガツしたところが悪いんじゃない?」
話の内容は外まで筒抜けで、一度入るタイミングを逃してしまうと、いつドアを開ければいいのか分からない。そこまで部に馴染めていない俺が今入っていったら、気まずい空気になるに違いない。
どうしようとドアノブに手を置いたまま動かなくなった俺を見かねて、野井ちゃんは臆することなくドアを開けた。ガチャリ、そんな音と共にこちらに意識が集中する。
「お前ら、外まで丸聞こえだったぞ」
野井ちゃんの声を聞いて一瞬静まり返った部室内に先輩の姿はなく、同級生しか残っていない。苦手な先輩がいなくてバレないようにほっと息を吐く。野井ちゃんのおかげで部室に入れたんだし、早く着替えて退散しよう。そう思って足を踏み入れると、ぐいと肩を組まれた。
「お、本命男のお出ましじゃん」
「は?」
「『は?』ってお前なぁ……。サッカー部の人気は八割、いや九割、お前が掻っ攫ってんだよ。分かってんのか?」
「おいおい、蒼人がモテるからって絡むなよ」
「我らが一年の期待の星だぞ。墨山とは格が違うんだって」
「だってよぉ、こいつばっかモテてんのに俺らには何にもないんだぜ?」
「はいはい、モテない男の僻みは醜いだけだよ」
一番大声で騒いでいた墨山に不満をぶつけられる。ぐらぐらと体を揺らされている俺がされるがままになっていると、美山が引き剥がしてくれた。助かった……と内心思っていたら、にんまりと笑う美山が尋ねてくる。どうやら追及の手から簡単には逃れられないらしい。
「ねえ、ところでさ、蒼人って彼女いるの?」
「いないけど」
「へぇ、じゃあ、好きな人は?」
「えっ……」
頭に浮かんできたのは、俺の心を支配するかわいい人。違う違う、獅子道くんはそんなんじゃ……。そう否定しようとして、本当にそれでいいの? ともう一人の俺が囁く。湧き上がってくる考えに否定を重ねて、訳が分からなくなってくる。
好きって何だ? 獅子道くんのことは好意的に思っているけれど、それは野井ちゃんだって同じ。黙り込んだ俺の反応を見て、全員の視線が集中する。
「えー、何その意外な反応」
「赤くなるってことは、もしかしてお前……」
面白いものを見つけたと言わんばかりに瞳を輝かせる美山がずいと身を乗り出してくる。追及から逃れようと一歩後ろに下がれば、背中が野井ちゃんにぶつかった。その場が盛り上がりかけたところで、背後から凛とした声が降ってくる。
「お前ら、早く着替えろよ」
野井ちゃんが注意すると同時に鳴り響く予鈴。一気にその場が騒がしくなる。
「やば、遅刻する」
「蒼人、この話は放課後じっくり聞かせてもらうからな」
「絶対やだ」
荷物を手に取り、慌ててみんなで部室を飛び出した。勝手に壁を作り上げて、距離があると思い込んでいたのは俺の方だったのかもしれない。ほんの少しだけ、仲間との距離が縮まった気がして嬉しかった。



