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 大会が近づいて、いつにも増してハードな練習を終えた後、保健室に視線を向ける。まだ待ってくれているかな。帰ってないといいな。そんなことばかり考えて、トンボかけをしている間も気がそぞろ。練習中は獅子道くんが見てるかもしれないと思ったら下手くそなプレーはできなくて、いつも以上にストイックだったくせに終わった途端にこれだ。

 微かに窓辺に金色の影が見えたような気はするけれど、獅子道くんかどうかは分からない。まぁ、うちの学校にあんな目立つ金髪は、俺の知る限り、彼しかいないのだけれど。期待と不安が入れ混じり、浮き足立つ俺の隣で野井ちゃんが口を開く。


 「実は今日彼女と一緒に帰ろうって言っててさ、」
 「へー……」
 「悪いんだけど、帰り、別でもいい?」
 「うん……って、え、彼女?」
 「あれ、言ってなかったっけ?」
 「聞いてない……」
 「へへ、ごめん、言ったと思ってた。実は二週間ぐらい前に彼女できました」


 予想外の告白を聞いて、驚きを隠せない。そっか、彼女か……と、照れくさそうに笑う野井ちゃんの顔をまじまじと見つめてしまう。前から野井ちゃんは穏やかな雰囲気を纏っていたけれど、今はそれにプラスして全身から幸せオーラが溢れている。二週間もの間、よく気づかなかったものだ。もしかすると、俺が獅子道くんに会いに行っている間、野井ちゃんも彼女とお昼ご飯を食べていたのかもしれない。


 「それは、その、おめでとう」
 「はは、めっちゃ複雑そうなお祝いをありがとう」
 「なんか……うーん、野井ちゃんを取られた気分っていうか……」
 「安心してよ、俺の親友の座は蒼人だけなんだから」
 「野井ちゃん……」


 俺の方がずっと野井ちゃんと一緒にいたのに。これからはぽっと出の女子に譲らないといけないんだなと思ったら、ちょっとだけ寂しい。それが顔に出ていたのだろう、ぐしゃりと髪を撫でられる。野井ちゃんがかっこよく見えて、不覚にもキュンと小さく胸が鳴った。


 「まぁ、彼女には言わないけどサッカーの方が今は大事だし、これで蒼人との仲が悪くなるわけないだろ」
 「それはあんまり言わない方がいいんじゃ……」
 「だから蒼人にしか言わないって」


 何も問題はないと言わんばかりに明るく笑う野井ちゃん。能天気なのか、はたまた後先考えていないだけなのか。野井ちゃんがそれでいいなら、俺は特に口出しする必要はないのだろう。


 「じゃ、俺、先帰るね」
 「うん、お疲れ」
 「お疲れ」


 ルンルンと足取り軽く部室を出ていく野井ちゃんを見送って、俺も後を追うようにすぐに帰る支度をして部室を後にした。

 古びたドアの前でゆっくりと深呼吸をする。保健室の中でしか同じ時間を過ごしたことがないから、これから獅子道くんと一緒に帰るのだと思うと少し緊張してしまう。最後に大きく息を吐いて、よしと気合を入れる。その勢いのままにドアを開ければ、見慣れた景色になんだか心がほっと落ち着いた。