翌日、チャイムが鳴って授業が終わりを告げて昼休みを迎えた瞬間にお弁当を持った俺は野井ちゃんの席に向かった。そわそわと落ち着かない気分になりながら、いつもと変わらない野井ちゃんに頭を下げる。


 「ん? どうしたの?」
 「ごめん、ちょっと行きたいところがあって……。今日の昼、別でもいい?」
 「え、うん、いいけど……」
 「まじでごめん」
 「じゃあ、野井ちゃん、俺と一緒に食べようぜ」
 「ありがと。水城と食べるから気にしなくていいよ。ほら、行っておいで」
 「ごめん、ありがとう」


 入学してからずっと野井ちゃんと一緒に過ごしてきたから、全然そんなつもりはなくてもなんだか裏切るみたいで、自分が決めたことなのにモヤモヤする。野井ちゃんは全く気にしていないような顔をしているのに、言い出しっぺの俺が気にしてしまう。だから正直、水城が口を挟んでくれてホッとした。俺とは違って顔の広い野井ちゃんだからきっとどうにでもなるのだろうけれど、俺の我儘で一人にするのは申し訳ない。

 だけど、どうしても俺はこのタイミングを逃すわけにはいかなかった。柔らかな笑顔の野井ちゃんに送り出されて、俺は足早に保健室へ足を進める。朝も放課後も部活があると、なかなか自由に動けない。獅子道くんを捕まえるタイミングは昼休みぐらいしかないのだ。

 以前と変わらず建付けの悪いドアを開けようとすると、先に中からドアが開かれて矢野先生と鉢合わせた。


 「あら、ごめんなさい。蓮水くん、どこか怪我したの?」
 「いえ、獅子道くんはいるかなと思って……」


 素直に白状するけれど、どんどん声は小さくなっていく。視線を逸らしたまま答える俺の手元を見て、お弁当があることを確認した矢野先生はにっこりと微笑んだ。


 「奥のベッドにいるわ。そこでお弁当食べちゃっていいから」
 「ありがとうございます」
 「じゃあ、ちょっと私は職員室に行ってるから、獅子道くんのことよろしくね」
 「はい」


 手をひらひらと振って足取り軽く去っていく後ろ姿を見送ってから保健室に入室して、できるだけ静かにドアを閉める。奥のベッドはカーテンが閉じられていて、物音すら聞こえない。足音を立てないように近づいて、ゆっくりとカーテンを開ければ、ベッドに腰掛けた獅子道くんがぼーっと窓の外を眺めていた。

 いつもこうやってグラウンドを眺めていたのだろうか。窓の外からは、お昼ごはんを食べ終えた生徒たちのサッカーボールを蹴る音とはしゃぐ声が聞こえてくる。誰か探しているのだろうか。なかなか俺の存在に気づかない獅子道くんの意識は窓の外に集中している。


 「……あの、」
 「っ!」
 「え……」


 いつまで経っても気付く気配がないから、我慢できなくなって声をかけてしまった。その瞬間、猫が驚いたときみたいに、びゃっと肩を跳ねさせた獅子道くんは勢いよくベッドの中に潜り込んだ。戸惑いの声が思わず漏れるけれど、布団の山は微動だにしない。


 「獅子道くん?」
 「…………」


 名前を呼んでみるけれど、何も反応は返ってこない。ふむ……と考えて、その山に手を伸ばす。


 「獅子道くん、顔見せてくださいよ」


 名前を呼びながら撫でてみると、今度はびくりと体が縮こまるのを布団越しに感じる。あー、駄目だ。そんなかわいい反応をされたら、もっと意地悪をしたくなってしまう。俺のことで頭をいっぱいにして、どうしようっておろおろしている獅子道くんをもっと見たい。多分、こういうのをキュートアグレッションっていうんだ。

 名前を呼びながら指先でつんつんとつついてみたり、ぽんぽんと軽く叩いてみたりするけれど、ぷるぷると震えるだけでなかなか顔を見せてはくれない。獅子道くんは獅子道くんで、頑固な一面がある。


 「獅子道くーん」
 「……もう、何なんよ」


 何度、名前を呼んだだろうか。痺れを切らした獅子道くんが、ようやく布団の中からくぐもった声で返事をする。顔が見たいのに、まだ引きこもりは止めないらしい。