雪が溶ける頃に



最近よく夢を見る。
暗くて何も見えないのに、少し遠く手を伸ばしても掴めない距離に朱雨(しゅう)がいるのだけが見える。
俺が手を伸ばして声をかけても朱雨(しゅう)はその場から動かない。ただジッと動かない。
俺は必死に名前を呼ぶだけで、何も変わらない。次第に闇は濃くなって行き、朱雨(しゅう)を飲み込んで消える。ただそれだけの夢。

「………」


ベッドの上で夢から覚めた俺はいつも変な汗をかいて、目には涙を浮かべている。
それがここ最近の朝の日常だった。
おかげで寝た気がしなくて、最近身体は怠く重い。そんな身体を無理に起こして学校へ行く準備をして家を出た。


教室に入るといつも通り、梶野(かじの)くんが席に座り携帯を触っていた。すると俺に気づき手を振ってくる。

「おはよ!真雪(まゆき)!」
「…おはよ」

朝から元気だなと思い自分の席へと向かう。

「今日は朝ごはん食べたか?」
「…食べてないよ」
「はあー?食べろよ!倒れんぞ」
「…俺の母親かよ」

ボソッと呟いた言葉に一瞬しまったと思った。完全に素で答えてしまったからだ。すると梶野(かじの)くんは大きな声で笑いだした。

「だはははっ!確かにっ!俺、お前の母親みたいな事言ったわ!だはっ、やべー、自分で言った事でうけてる!だせぇ〜!」


大声で笑う姿を見て俺は少しホットした。
最近たまに梶野(かじの)くんの前で素に戻る自分がいる。心を許し始めてしまっているのか…居心地がいいのか…自分でもよく分からなかった。

その日はいつも通り授業を受けていたのだが、段々身体が熱くなり頭が重くなってくるのが分かった。頭が重くて身体を机に突っ伏したいくらいだ。


真雪(まゆき)?次移動」
「…うん」


頭がボーッとしてきて、行動が遅くなる。
梶野(かじの)くんの声掛けで、重い腰を上げる。
その瞬間、急に立ち上がったせいで視界が揺れた。グラッと揺れた視界に身体が追いつかず体勢を崩す。


「…ぁ」


倒れると自覚して目を閉じるが一向に床との衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると俺はしっかり梶野(かじの)くんに受け止められていた。

「…ってぇ〜、大丈夫か?真雪(まゆき)

梶野(かじの)くんは俺を抱きとめながら、俺の顔を覗く。俺の身体はどんどん熱くなってきて、思考が鈍くなってくる。

「…ん?」


俺を起こそうと手を握った梶野(かじの)くんは異変を感じたのか「ちょっと、ごめんな」と言いながら俺の額に手を当てる。
ヒヤッとした梶野(かじの)くんの手が心地よかった。

「お前、熱いぞ 熱あんじゃねーか?」

自分で気のせいかもと思っていても、他人からそう言われると一気にしんどさが押し寄せてくる。
もう身体は言うことを効かない。
身体はグダッとなり、心做しか気持ちが悪い。

「…はぁ…」

呼吸も荒くなってくる。

真雪(まゆき)、大丈夫か?保健室行こう」
「……うん」

梶野(かじの)くんは俺の身体を意図も簡単に起こし俺の腕を梶野(かじの)くんの首に回し、腰に手を当てられ支えられる。
頭が朦朧とする中、保健室へと連れて行ってくれた。










「38.5℃ 熱高いわねー」

保健室に真雪(まゆき)を連れて行くと、保健医の先生が熱を計ってくれた。


「高っ!お前大丈夫かよ」


思わず隣で声を上げてしまう。
触れた手が凄く熱く、思わず額で体温を確認してしまった。


「ベッド空いてるから次の授業は寝て、少し落ち着いたら帰りなさいね。保護者の方に連絡しないとね。迎えにきて貰えるのかしら?」
「…俺、親いないんで…」
「…彼方(おちかた)くん…あ、そうだったわね。ごめんなさい。ひとりで帰れる?」

先生は何か少し考えてそう言った。


「…帰れます」
「俺!家まで送るよ!」
「え?」


見るからにふらふらした真雪(まゆき)をひとりで帰らせるわけには行かない。
絶対途中で倒れるであろうという変な自信があった。


「あと、二限で授業終わるし。それまで寝てな。送るから」
「…いや、いいよ そんな…」

遠慮する真雪(まゆき)

「送ってもらいなさい。せっかく言ってくれてるんだから。じゃあ、授業が終わったら彼方おちかたくんの事頼んだわよ」
「はい!」
「……」

先生が後押ししてくれたおかげで、話はスムーズに決着が着いた。

-キーンコーンカーンコーン

その時授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。

「ほら、授業始まるからさっさと行きなさい」
「はーい!じゃあ、後でな真雪(まゆき)!」

そう言って保健室を後にした。

俺は早足で廊下を歩いた。
授業が始まり誰もいない廊下で自分の足音だけが響く。びりびりと電気が走ったように震える右手の平を眺めグッと拳を作った。
真雪(まゆき)を抱き抱えた右手はまだ感触が残っている。思った以上に細い腰、熱が高いせいで荒くなる息遣い、ほのかに香る真雪(まゆき)の匂い、全てが俺の中で残っていた。
暖かいようなくすぐったい様な、なんとも言えない感情がもやもやと心を侵食する。その感情の名前を俺はまだ知らない。
真雪(まゆき)に触れた右手を眺めながら、答えの出ない問いを巡らせてみるが…やっぱり何も分からない。


「…ぁ、やべ 授業遅れる」


俺は廊下を走って教室へと向かった。