雪が溶ける頃に




それから俺は学校へ行くと真雪(まゆき)の隣の席に座り一方的に話しかけるようになった。
特別何かを話すという訳でもないが、一方的に話す俺に初めは戸惑っていた真雪まゆきだが桜が完全に散って夏が顔を出す頃には真雪(まゆき)も俺の言葉に反応して返してくれる事が多くなった。

「はあ〜疲れた〜!」



一限から体育の授業を終えた日の昼休み。
俺は真雪(まゆき)とふたりで屋上でのんびり太陽の心地良い光に当たっていた。
朝から体育はまじで疲れる。誰だあんな時間割にしたのは…と心の中で悪態をつく。
パッと横を見ると涼し気な顔をして、紙パックの飲み物を飲む真雪(まゆき)の姿。


「………」
「お前さ、昼それだけ?」


俺の言葉に反応し俺の顔を見る真雪(まゆき)


「そうだけど…」

その言葉に俺は頭を抱える。
10代の健全な男子高生が昼は飲み物だけなんて有り得ないがこの真雪(まゆき)という男は極端に食べ物を食べない。
春頃からここ数ヶ月 真雪まゆきの傍にいたが食べないおかげで身体は細くカーディガンから覗く手首は本当に折れるんじゃないかと思うくらい細い。


「なに、お前お腹空かねーの?」
「ん〜、まあ…」

極端に食への執着がない。


「朝は?朝ごはんめちゃ食べるとか?」
「…食べない」
「夜は?」
「…夜は、お腹空いたらカップ麺とか?」
「は?」


こいつの脳の中枢おかしいんじゃねーの?
俺は3つある菓子パンの1つを真雪(まゆき)に渡す。

「ほら、食べろ」
「要らないよ」
「要らないじゃねーよ、食べなきゃ身体おかしくなんだろ 無理にでも食べろ」

無理やりにでも袋を開けた菓子パンを渡す。
俺の圧に負けた真雪まゆきは戸惑いながら小さな口をあけてパンをほうばる。
その様子を見ながら疑問に思った事を口にする。


「なあ、夜カップ麺とか言ったよな。親は?親は作ってくれねーの?」
「……親、いないから」
「いない?どういうこと…?」


その事実が理解出来ない俺は疑問をぶつけた。


「……親がいないの 俺施設育ちだから」
「…ぇ」


その言葉に俺は軽々しく聞いてしまった自分に後悔した。まさかそんな言葉が帰ってくると思っていなかった。


「…今は施設出て、ひとり暮らししてる」


同じ17歳の真雪(まゆき)はどこか大人びていて落ち着いていた。その纏うオーラはどこから来るんだろうと思っていたが、施設育ちにひとり暮らししているとは思っていなかった。
俺なんて家事のひとつもしたことが無い。
今家を出されたら、とてもじゃないがひとりでは生きて行けない。


「…まじ?」
「…まじ」


真雪(まゆき)は俺の戸惑いもお構いなくパンをほうばっている。
その様子が小動物が草を一生懸命に食べるようなそんな感じだった。

「すげえーな、お前。金は?金はどうしてんの?」
「…バイトしてる」
「バイト!?お前バイト出来んの!?」

バイトをしている事に驚いた。
教室では誰とも話さないこいつがバイトをしている所が全く想像がつかない。

「…失礼な。バイトくらい出来るよ」
「ぇー…なに?なんのバイトしてんの?」
「…カラオケ」
「…カラオケ…」

これまた予想外な。
バイトをしている事自体想像がつかないのにカラオケでバイトしているのは余計に想像がつかない。真雪(まゆき)は苦労しているんだなと思った。それに比べ俺は毎日適当に過ごしているんだなと実感する。

パッと見あげる空は澄んでいて太陽が散々と光る。こんな穏やかな日に俺は真雪(まゆき)の苦労を知った。









梶野(かじの)くんに貰ったパンを食べながら空を見あげる梶野(かじの)くんの横顔を眺めた。
高校生でひとり暮らしと聞いて彼はどう思ったのだろうかと少し気になったが、彼も興味が薄れればそのうち俺から離れるだろう。
気持ち良さそうに太陽を浴びる彼の横顔がふと朱雨(しゅう)と重なった。
俺は咄嗟に梶野(かじの)くんから視線を外す。心臓はドクンと脈を打ち、さっきまで大人しかった音は少しずつ大きくなる。
もう一年も経った。もういい加減、忘れたいのにふとした時に朱雨(しゅう)を探している自分がいる。




「ねえ!聞いた?」


すると甲高い声が屋上に響いた。
俺たちの向かい側で女子生徒数人が話して居るのが見える。広い屋上だから、各々数人のグループがそれぞれ昼食を取っている。

「何が?」
「あの、達城(たつき)!覚えてる?」
達城(たつき)達城(たつき)って、彼方(おちかた)と付き合ってるって噂あったあの?」
「そう!その達城(たつき)達城(たつき)朱雨(しゅう)!亡くなったらしいよ!」
「亡くなった?なんで?」
「知らなーい 自殺とかって噂」
「はあ?自殺ってあいつが?」
「ねっ!驚きだよね!1番自殺しなさそうなのに!むしろ殺す側だよね」


女子生徒の声が頭に響く。
自殺…。その言葉が耳から離れない。
チラッと梶野(かじの)くんを見ると女子生徒の方を見ているのが分かった。
俺の名前も出ていたし、きっと聞こえてるよな…。俺はサッと立ち上がろうした時グイッと腕を引っ張られ屋上から校舎に続く階段へと引っ張られる。
ズンズンと俺の手首を握り目の前を歩く梶野(かじの)くんは何も言わない。
いつもうるさい程話しかけてくる彼のその背中が少し怖かった。


「…梶野(かじの)くん」


その背中に声をかけるが何の反応もない。


梶野(かじの)くん!」
「うわっ!びっくりした!」


少し大きめの声で彼の名前を呼んだ。
彼はビクッと肩を震わせた。



「お前そんな声でるんだ…そこにびっくりだわ」
「…いや。そうじゃなくて、急に手引っ張ってどうしたの」
「…あー…、いや…」


バツの悪そうな梶野(かじの)くんの様子。
完全に動揺してる。
さっきの女子生徒の会話聞こえてたんだろうな。
俺に聞こえまいと場所を移したんだろうなと分かった。俺は梶野(かじの)くんに握れた手首を捻って外し彼より先に階段を降りた。

「さっきの話、半分本当で半分嘘」
「……半分」
「俺と朱雨(しゅう)が付き合ってたが本当」
「………」

梶野(かじの)くんの顔は驚いた顔をしていて…。


「で、自殺は嘘だよ」
「……あ、嘘…そう、なんだ」
「俺が朱雨(しゅう)を殺した。だから嘘。自殺じゃない」


それだけ告げて、俺は階段を降りていった。
あえて梶野(かじの)くんの顔は見なかった。
ただ淡々と階段を一歩一歩降りていく。
背中に感じる視線を無視して、ただ淡々と…。