本格的な夏が始まった。
太陽はジリジリと暑い日差しを放ち、蝉は元気よく啼く。そんな暑い夏が始まった。
学校の教室のクーラーはあまり効かず、皆うちわや下敷きで自身に風を送る。
暑すぎて、じんわりと身体が汗ばむ。
「…あっつー」
俺は自分の机の上に身体をピトッとくっつける。
机の上がひんやりと少し冷たく、幾分かマシになる。
「かーじの!」
自分の名前を呼ばれ、ひんやりとした机から顔を上げる。数人のクラスメイトが俺に声をかけ近寄ってくる。
「なに〜?」
「なあなあ!中学の時バスケ部ってまじ?」
「なんで」
「この間の体育でバスケした時お前、絶対経験者だって思ってお前と同中の奴に聞いたらバスケ部だったって!今からでも部活入んねー?」
「入らない」
「何でだよー梶野〜」
最近はこうやって真雪以外のクラスメイトとも仲良くなり話すようになった。
こうやって度々部活の勧誘を受ける。
中学の頃は色々とスポーツをしていたが膝を壊してからは運動はめっきりしていない。
クラスメイトにうざい絡みをされながら俺は「入りませーん」適当に話を流していた。
すると、教室の扉から涼しい顔をして真雪が入って来るのが見えた。
「はよ〜真雪」
いつも通りに声をかける。
「お…おはよ」
「なあ 彼方!梶野の事説得してくれよ〜!こいつ絶対めちゃくちゃバスケ上手い奴なんだよ〜!俺は分かるんだ〜!」
「え?」
真雪に突っかかるクラスメイト。
急に話しかけられ、戸惑う真雪。
「入らねーって言ってんだろ 散った散った〜!」
俺はしっしっと払うように手を振りクラスメイトを追い払う。
「梶野くん、バスケしてたの?」
「中学の頃な」
「へぇ、バスケだけ?」
「あー、小学生の時はサッカーと陸上、中学でバスケって感じ」
「高校ではしないの?」
「もういいかな」
「ふーん。だから身長も身体大きいんだね」
「…大きいか?」
まあ確かに身長は178cmで180cm近いが、そこまで凄くでかい訳でもない…と思う。
1年の時は俺の隣に180cm超えの忠治ただはるがいたからでかいと感じていなかった。
まあ、真雪からしたらでかいのか…。
「大きいよ…それ本気?」
真雪はムッとした顔をして言う。
確かに真雪は細くて身長も170cmちょっとくらいで俺の体格とは真反対だ。
「え…」
「いいなぁ、俺もスポーツしとけば良かった」
真雪はどうやら自分の体格がコンプレックスのようだ。
少しいじける真雪が見ていて可愛くて俺は自然と顔が緩んだ。
あれから真雪の体調は復活して学校を休むことなく一学期が終わろうとしていた。
「そういや、夏休みはなんか予定あんの?」
俺が思い出したように聞く。
「バイト、バイト漬け。夏休みが一番稼ぎ時だから」
「あー、そっかそうだよなー」
俺は去年の事を思い出す。冬にバイトしていた居酒屋が潰れ、次のバイト先を探そう探そうとしている間に高校二年になり、もう夏を迎えようとしていた。
「俺もバイト探さなきゃなー」
「バイト探してるの?」
「去年の冬にバイトしてた居酒屋が潰れて、次探さなきゃと思いながらづるづる…」
「あー、そういう事 何処の居酒屋でバイトしての?」
「駅前の居酒屋!」
「ぁ、確かに潰れてたね。居酒屋かー…」
真雪は何かを考え始めた。
「あ!俺のバイト先の近くの居酒屋スタッフ募集してたよ、行ってみたら?」
その真雪の一言であれよあれよと事が進み無事に居酒屋で働ける事が決まった。
とんとん拍子にことが進みこうも簡単に物事が進むのかと少し戸惑う。
その居酒屋は駅前にある為、金曜日や土日は特に混みとても忙しかった。
だが前回での居酒屋でのバイトの経験が功をなしなんなく仕事をこなせていた。
「すみませ~ん!生3つ!」
「あいよー!」
今日は金曜日。今日も今日とて大繁盛だ。
仕事帰りのサラリーマンや大学生、家族連れが楽しそうに食事をし満席だった。
俺はその光景を見るのが好きだったのを思い出した。
皆楽しそうに笑っているその中で仕事をし、忙しく体を動かす。
それが楽しかったのだ。
「はぁ~」
俺は少しのため息を尽き、更衣室で私服に着替える。
バイトが始まって3回目の今日、いい具合に身体は疲労を感じていた。
「梶野くん!お疲れ!」
「ぁ、お疲れっす」
更衣室の扉から店長が顔出し話しかけてくる。
「梶野くん、来てから本当に助かってるよ。今日もありがとうね」
「いやいや、そんな」
「いや本当に!まだ高校生だから22時までしか働けないのが残念だよ。梶野くん1人で2.3人の働きしてくれるからね」
「それは言い過ぎっすよ。店長」
「長く働いてね~!今日はお疲れ様!気をつけて帰りなよ」
「はい!お疲れ様でした」
店長は俺の言葉に手を振り厨房へと帰っていった。
ここの居酒屋の店長は本当にいつも態度が変わらず、店が忙しくても声を荒げたり機嫌が悪くなったりせず的確に指示を出したり周りを明るくする人だった。
その人柄もあって、俺にここを紹介してくれた真雪まゆきに感謝だ。
俺はロッカーの扉を閉め、店を出た。外はもう真っ暗で空には控えめに星が光っていた。
俺はなんだかその星をじーっと眺めていた。
「梶野くん?」
すると後ろから名前を呼ばれ振り返る。
そこには真雪の姿があった。
「…真雪?」
「うん、バイト帰り?」
真雪はトートバッグを肩にかけ、白いTシャツにジーパンというラフな格好。
初めてみる真雪の私服姿に釘付けになった。
「ぁ、うんそうそう。真雪も?」
「うん。バイトはどう?」
「いい感じ」
「本当?」
「本当だよ、店長もいい人だし客層も気のいいおっちゃんとかいて今んとこ楽しいよ。教えてくれてありがとな」
俺のその言葉を聞いて真雪は優しく笑った。
「それならよかった。俺紹介したはいいけど変な人いたらどうしようと思って」
「変な人ってなんだよ」
俺は笑いながら真雪と夜の道を歩いていく。
「変な人だよ 店長とかバイトの人で変な人だったらって…」
「お前なあ~ 俺男だぞ、それにそんな奴に俺は負けね~」
俺の言葉に真雪は不安そうな顔から安心したように笑い「そうだよね」と言った。
「真雪は?」
「ん?」
「バイト先、変な奴いねー?大丈夫?」
「あぁ。バイトの先輩はいい人ばっかだけど…。たまにお客さんでね…」
「なに?変な奴いんの?」
「ん~、店には入ってこないんだけど。受付に立ってると店の前にずっと立っている人がいるんだよね」
「うぇ、なんだよ それ 女?男?」
「男の人」
「それ気持ち悪くね?大丈夫か、それ」
「まあ、たまたまだよきっと」
真雪のその話を聞いて、少し気持ち悪くも不気味さも覚えたが真雪自身はそこまで気にしている様子はなくそこまで問いただすものではないと思い俺はその話を深堀しなかった。
家までの道のり真雪と他愛もない話をして帰路に着いた。


