ゆっくりと玄関の扉を閉める。
その時はもう外は暗く、ポケット入っている携帯で時間を確認した。時刻は19:30を回っており思ったより、ゆっくりしすぎたと少し早歩きで自分の家へと向かおうとアパートの廊下を歩く。
その時前から来た制服を着た女子生徒とすれ違う。すれ違ったという事はその女子生徒の行く先はひとつだ。だって、その先は真雪の部屋しかない。真雪まゆきは1番奥の角部屋に住んでいるのだから…。
俺が振り返ると、その女子生徒はまさにインターホンを押そうとしている所だった。
今、寝てるのに…
起こされては不味いと思い俺はその女子生徒の手首を掴み危機一髪でインターホンを鳴らすのを制した。
「………」
咄嗟に手を握ってしまったせいで、その子と目が合ってしまう。大きな目がびっくりしたように見開き俺を凝視する。
やっちまった…。
見知らぬ子の手首咄嗟に掴んじまった。
だってせっかくぐっすり寝てる真雪の事起こされたくなかったし…。
「…離して」
「あ、ごめん!ぁ、あの真雪に用?」
「………」
じとーっと何なんだこいつというような目で俺を見る彼女。
「今日 あいつ熱出して今やっとぐっすり寝たとこなんだ。だから…」
「ふーん…であなた」
「…ん?」
「真雪の新しい彼氏?」
「は?」
なんでこんな事になってんだ?
いつも柚希達と一緒に行くファミレス。
俺の目の前には茶色の長いストレートの髪を耳にかけ、オレンジジュースのストローに口をつけ飲む先程の女子生徒の姿。
「…飲まないの?」
俺の目の前にはコーヒー。
それを飲まないのか?と急かされる。
「ぁ、うん」
そう言われ俺もコーヒーに手をつける。
なぜここに居るのか、何の用があるのか俺には全く検討がつかない。
気まづさを感じているのは俺だけだろうか。
「ごめんなさい、さっき変な事言った」
唐突に謝られる。
「え?」
「私すぐ思った事口に出ちゃうの。よく真雪や朱雨にも怒られてた」
…朱雨。朱雨とも面識があるんだな。
「ぁ、大丈夫」
俺はなんて言ったら言いか分からず、そんな言葉しか出なかった。
「あなた、真雪と同じ学校?」
「うん、同じクラス」
「…同じ」
その言葉を聞いて何かを考える彼女。
「真雪はクラスではどんな感じ?あなた以外に友達はいる?」
「あー…、俺とは話すけど他の奴と話てるのは見たいことねー…かも…」
「…そう…」
明らかにしゅんとする彼女。
俺はその子が真雪とはどんな関係なのか気になり言葉を発した。
「ちなみに…君は…?」
「ぁ、ごめんなさい。自己紹介まだだったわね。私は橘澄麗と言います。真雪とは幼なじみと言うのかしら…小学生からの付き合いなの」
「…幼なじみ」
「ええ、ごめんなさい 急にこんな所まで付き合って貰って…最近の真雪の様子が知りたくて」
「あぁーいいよ、全然。俺は梶野海晴」
「海晴さん…よろしく」
「ぁ、おう」
この子と話しているとなんか調子が狂う。
制服を見るとブラウンのブレザーに赤のリボン。
これはここら辺じゃ誰もが知る有名私学の制服だ。しかも女子高。喋り方といい仕草といいお金持ちの子どもという気品がある。
まさか、俺があの学校に通う子と話をする事になるなんて…。人生が何が起こるか分からない。
「ところで、海晴さん」
「ん?」
「真雪とはどういう関係?」
「ぶはっ」
思わずコーヒーを吹いてしまった。
「さっき、変な事言ったって謝ってただろーが」
「ごめんなさい、やっぱり気になって あなた否定しないから」
この橘澄麗という女はさっきから表情が変わらない。からかっているのか本気なのか分からない。
俺は机の上のコーヒーを拭きながら、「ただの友達だよ」と告げる。
「…本当に?」
コテンと首を傾げる橘。
「本当だよ、なんでそういう発想になるんだ」
「そうね、私が悪かったわ。普通男同士なんて有り得ないものね」
その言葉を聞いてズキっと胸が疼いた。
『俺は朱雨と付き合ってた』
その言葉を思い出す。もしかして橘は真雪と朱雨の関係も知っているのだろうか…。
俺は意を決して言葉を発する。
「…あの…さ、さっき朱雨って言ってたけど、それは達樹朱雨の事か?」
「ええ、そうよ 朱雨も幼なじみなの」
「…そか、真雪と 朱雨って」
「知ってるの?」
真雪と朱雨の関係を聞こうとした時食い気味に知ってるか聞かれ少し戸惑う。
「…あー、うん」
「そう、なの」
「やっぱりその、そういう感じ?」
「…うん ふたりは付き合ってたわ」
『付き合ってた』その言葉だけがクリアに聞こえた。やっぱり嘘ではなかったのだ。
「真雪から聞いたの?」
「うん、」
「驚いた 人にそんな事言うなんて…」
橘はふたりが付き合っている事を知っていた。
『普通男同士なんて有り得ないものね』
さっきの橘の声が蘇る。
別にそういう事を言わせたかったわけではない。
「さっきの…」
「さっきの?
「あの、男同士なんて有り得ないって」
俺がそういうと橘はあぁ…と顔が少し暗くなったのがわかった。
「別に俺はそんな事思ってないから。ただ真雪とはただの友達って事を言いたかっただけだから」
チラッと橘の顔を見るとさっきまでの無表情とは違ってふんわりと微笑んでいた。
「ありがとう。あなた見た目に反して優しいのね」
「…なんでそうなるんだよ」
俺は溜息をつく。ただ誤解を解きたかっただけだ。すると橘は座ったまま頭を下げた。
「海晴さん、真雪の事よろしくお願いします」
「え…おいおい、何改まって…」
「あの子、いつも自分は大丈夫みたいな顔をしてるけど本当は違うの!」
顔を上げた橘の顔は必死で…。
大きな目から涙が出るんじゃないかと思うくらいうるうると潤んでいた。
「寂しがり屋だし…本当は誰かと一緒に楽しい事沢山したいって思ってるはずなの!」
橘の必死さに圧倒される。
「わかった、わかったから!」
「…だから…。もしあなたが真雪の友達を続けてくれるなら、普通の高校生活を教えてあげて…ほしいの…」
その時の橘の言葉が気になった。
普通の高校生活…それが引っかかった。
必死な顔の橘にあいつにはこんな必死になってくれる友達がいたのか…と少し嬉しくなった。
「わかったよ、真雪の事は任せろ。だから安心しろ」
そう言うと橘は安心したようにホッとして顔が緩むのが分かった。
「うん…本当にありがとう…」


