レルギオは魔法至上主義の宗教国家だとアオイさんが教えてくれた。


「レルギオということは、魔法について熱心なんですね」
「そうなんです。両親とも国教の『ユーカントリリー教』の信徒なんですが、今回はより宗教をもっと広めようという活動で、こっちに引っ越してきました」


 ユーカントリリー教。
 とても可愛い名前、というのが第一印象。
 魔法を敷こうとすること以外は特に知らないから、それ以上の感想はないけれども。


「今度、この学校の鐘が、レルギオで使っている鐘に変わるんです」
「そういえば、始業式の時に校長先生が言っていましたね」
「その関連で、この時期の編入になったんですよ」


 今はまだ鐘は変わっていないけど、すでに決まっていることなので、早かれ遅かれ鐘の音は聞こえるだろう。
 話はずれてしまったが、魔法至上主義の国で、魔法に熱心な宗教に属する両親から魔法を教わった。
 本人の素質ありきだとは思うけど、魔法が上手いのも納得する。
 魔力量も多そうだな。聞かないけど。
 私たちの後に何組かやって、今日の授業は終わった。
 先生にライラさんのことについて聞きたい。


「先生」
「んお……。お前は……ヒスイか」
「はい。ライラさんはどちらに行かれたのでしょうか」
「あー、ナオを保健室に連れて行かせた」
「わかりました。ありがとうございます」


 一礼して、訓練室を出る。
 他の生徒はみんな帰ったようで、廊下にも誰もいない。
 曖昧な記憶を呼び起こしながら、保健室へ向かう。
 進んだ先に、知った背中が見えた。


「シオン殿下」
「ん、ああ、アンタか」


 呟いただけだったが、聞こえてしまったらしい。
 シオン殿下が振り向いて、すぐにまた前を向いてしまった。
 今いる廊下の先には保健室があるので、おそらくこの人も、ライラさんたちを気にしてここにいるのだろう。
 歩幅は同じぐらいなのに、すぐ後ろまで近づいてしまった。
 気のせいかもしれないが、歩きが遅いように思う。
 怪我でもしたのかな、と全身を確認。
 ……足の振り出しが左右非対称だ。


「アンタもライラたちに会いに行くのか?」
「んえ、あ、そうです」
「……なんだ、「んえ」って」
「いえ、びっくりして」


 話しかけられるとは思わなかった。
 殿下伝いで挨拶は交わしているし、ライラさんを介して一緒に行動させてもらうこともあるけど。
 まさか二人しかいないところで、かつ向こうから話しかけられるとは思わなかった。
 あと、後ろ姿を観察しているときだったからというのもある。


「シオン殿下は、足ですか?」
「は?」
「右足かばってますよね」


 右足で立っている時間が短い。
 足の振り出し方は一緒だが、体重がかかっていないようだ。
 関節の曲げ伸ばしは異変はないから、足首だとは思うけど。
 前を向いたままだが、僅かに体が固まった。


「……魔法が当たっただけだ」
「そうですか。肩、使いますか?」
「いらね。そんな大事じゃない」
「そうですか」


 歩けているし、そこまでひどそうでもないのは確かか。
 一応少し後ろを歩くけれど、歩きは不安定さはあまりない。
 小柄な目の前の人は「それよりも」と、体全身振り向いて、腕を組む。
 何やら怒ってる?


「「シオン殿下」ってやめろ。後ろをついて歩くのも」


 少し怒っていると、なお殿下に似ているな。


「それはちょっと……」
「同級生。仰々しい。鬱陶しい」
「箇条書きですか……」


 訂正。
 殿下より不愛想だわ。そして頑固。
 確固たる意志が表情から伝わる。
 睨みあうこと、数秒。……頑固だ。


「……では、なんとお呼びすればいいですか」
「シオンでいい。敬語もやめろ」
「では、シオンさんと。敬語は勘弁してください。全員なので」
「ならシオンだ。敬語は譲歩してやる」


 交換条件にされた……けど、まあいいか。
 これで文句言われたら、また戻そう。


「わかりました、シオン」


 笑いはしないが、納得はしたらしい。
 保健室向き直り、また歩き始めた。
 文句を言われてしまった手前、後ろは歩かずに横に並ぶことにした。
 並んだはいいものの、これといった話題はなく、黙ったまま保健室までの道のりを良く。
 幸いにしてほとんど目と鼻の先だったから、気まずいこともなかった。
 シオンが扉を三回叩いたが、応答はない。


「失礼しまーす」


 開けた。
 入った。
 保健の先生は不在なようで、誰もいない。
 いや、いないは違った。
 保健室の奥のベッド。
 カーテンで閉じられている場所が一つあり、ベッドの横に誰かが座っているのが影で分かる。
 シオンもそれには気付いているようで、まっすぐそちらに向かい、カーテンに手をかけた。
 勢いよく開けた。


「返事しろよ」
「先生いないんだもん……」


 予想はしていたが、カーテンの中ではライラさんが座っていて、ナオさんは横になっている。
 涙目で落ち込んだ顔をして、私たちを見ずに一点を見つめている。
 似ているようで違う、苦しそうな顔で汗をナオさん。


「……まだ目を覚ましてないのか」
「うん。今日は一段と苦しそう」


 何度かある状況のようだと、二人の会話から察する。
 ライラさんの魔法の件もそうだったが、クラスメイトはうんざりしたようだった。
 「また」とも言っていたし。
 よくある、とまではいかないかもだけど、繰り返されていることなのだろう。