水蒸気のようなものが薄っすら立ち込める。
 微かに見える中央の三人は、へたり込んではいるが無事に見える。
 隣のライラさんも無事。目をまん丸にして、火の球を投げた体勢で固まってるけど。
 火の玉の大きさに対し、半分程度の大きさの水の玉が、まず初めに一発当たった。
 その後続けて三発。
 後半の三発は粘度が高く、火の玉を包み込むようにして、火の玉とともに蒸発して消えた。
 火の玉に飛んできた水の魔法は……。


 ―― 真横からだな。


 真横……。
 白く霞んでいてよく見えないから左右を繰り返し見る。
 段々人影がはっきりしてきて、ああ、あの人だ、となんとなく察した。
 スグサさんも「いい腕だったな」って褒めてるし。
 周りの人もその人に視線が向いている。
 その人は結構な魔力を込めたのか、大分疲労困憊。
 隣にいる友人に支えられ、それでも口元は安心したように笑っている。
 あの人が笑ってるの、初めて見たな。
 先生がその人に近寄って、肩を貸す。
 先生の口元は「よくやった」と言っているように動く。
 続いて中央の生徒たちの安否を確認。
 そして、その視線は優しいものから厳しいものになり、私がいる方へ向けられる。


「ライラ!」
「っ!」


 訓練場内に響き渡る声量が、隣の人の名前を呼ぶ。
 明らかに怯え、肩を震わせて、目を強く閉じる。


「……お前も怪我は」
「……ない……です」
「よし、ちょっとこっち来い」


 俯きながら、いつもの元気の欠片もなく向かっていく。
 かける言葉が見つからず、見送るしかできない。
 だからか、周囲の声がよく聞こえる。


「まただよ」
「これで何度目?」


 クラスメイトから聞こえる、ライラさんの評価は決して良いものではない。
 決して大きい声ではないのに、耳を塞ぐことができない。
 聞きたくはないのに、頭の中で聞こえてくる言葉が反芻してしまう。
 目線はライラさんの背中を追っている中。隣に人の気配。


「大丈夫でしょうか……」


 マリーさんも心配しているようで、眉を下げながらライラさんを視界に入れている。
 何と答えることもできず、押し黙る。


「……水の魔法、すごかったですね」
「あ……そうですね。的確でした」


 答えられないことを悟ったのか、話題を変えてくれたようだ。
 微妙に視線を変えれば、視点を上げるシオン殿下と、水の魔法を放った張本人であるナオさんが、先生に背負われてぐったりしている。
 辿り着いたライラさんと先生が一言二言交わし、ナオさんがライラさんに引き渡され、訓練室を出た。
 ナオさん、軽々と担がれてた……。
 周囲の白い靄はすっかり晴れ、生徒は倒れつつも怪我をしたと訴える人はいない。
 先生が中央に行って、安否を再度確認した後、手を上げる。


「怪我した奴はいないかー?」


 無言は肯定としてとられ、「よし」と頷く。


「授業は継続する。二人ほど退室したから、その時は俺が入るからな」


 ここで否定する生徒はさすがにおらず、淡々と授業が進められる。
 ライラさんの魔法が衝撃的だったようで、みんなの魔法は少し控えめになったようだ。
 マリーさんはずっと隣にいる。
 時折気遣うような言葉をかけられ、探りを入れられているように思ってしまう。
 先入観が疑心を抱かせる。


「打ち方やめー」


 もう何組目かの組み合わせが終わった。
 今のところ、全て守り切った組も、全て割れてしまった組もいない。
 最初以外、ただただ、淡々と進んでいた時。


「次。十組目」


 あ、私だ。
 と動き出す前に、近くで影が動く。


「私、行ってきますね」


 ……マリーさんと、一緒。
 今も隣で魔法を使っていたけれど、こう、くじ引きっていう偶然を引き当ててしまうと、やっぱり疑心につながってしまう。


「ヒスイさん?」
「……私もです」
「まあ、奇遇ですね」
「そうですね……」


 奇遇ですね。そうですね。
 ……私、こんなに疑り深かったのか。
 自然と二人並んで中央に移動する流れになり、先に到着していた三人目と合流する。


「遅いぞ。ちんたらして俺を待たせるんじゃない、っ」


 仁王立ちで、親の仇でも見るような目つきの、青い髪のロアさん。
 さすがにこの場では『寄生虫』とは呼んでこないか。


「お待たせして申し訳ありません。マリー・ウ・リーダーと申します」
「ほう、そちらも『ウ』の者か。ロア・ウ・ドローだ。よろしく」


 この人が笑った顔も初めて見たな。
 同格の人と話すときでもやや上から気味に聞こえるが、表情はいたくご機嫌に見える。
 貴族だったマリーさんと挨拶を交わし、私のことは無視と。
 まあいいけど。


「お前のような奴と同じ組とはな。精々足を引っ張てくれるなよ」


 虫ではなかった。
 見るほどでもなかったのか、その男の子は小さい背中で語りかけてきた。
 足を引っ張らないように頑張りますよと心の中で返事しておいた。
 相談もなしに適当に三角形に位置取りし、先生が手を上げる。


「じゃ、十組目、はじめー」


 「もう飽きてきた」という気持ちを隠す気もない声が、訓練場に木霊した。