こうなってしまっては、今この場を何とかやりきるしかない。
 マリーさんは後衛で、私は前衛。
 即席の連携だが、私は避けることに徹して、隙を見てマリーさんに魔法を放ってもらう。
 私が駆け出すことは意外だったのか、半開きの目がやや開いている、気がする。
 軽く一薙ぎ、鎖が振りぬかれる。


(ナル)身体強化(サーズ)


 それを私は軽く跳ぶことで鎖も先生も飛び越える。
 先生は私に向き直り、マリーさんには背を向ける配置となった。
 着地してからは素早く動く。
 鞭のようにしなやかに動く鎖は、生き物の、それこそ蛇のように向かってくる。
 伸び縮するところが正しく蛇。
 右腕を引いて上方へ振りぬかれることで、鎖も後を追って下から襲い掛かる。
 風を纏わせた足で蹴り、方向を変える。
 その間に接近してきていた先生は、左手に鎖を巻き付けていて今にも殴ろうとしている。
 両手を伸ばし、先生の両肩を支えにして、跳び箱のように一回転する。
 殴りは躱せたものの、最初に振りぬいていた右手を後ろ手にして、私の左腕を捕まえた。
 膝の力を抜いて、体重を落とし体も落とす。
 私は地面に寝そべる。
 先生は上に覆いかぶさるような状況に。
 それでも、私を掴む腕は離さない。
 腕も、やる気のない目も、私を捕らえている。


「≪大地は我々を食す≫」


 遠くから静かに響く、凛とした声。
 周囲も巻き込む威力だった地割れは、私の真下から牙を剝く。
 先生は一瞬たじろきながらも、鎖を使って再度、飛ぼうとする。


(ナル)初級魔法(トゥワン)
「っ!」


 先生の腕をつかみ返しながら、風の初級魔法を、上から下に。引力だか重力だかを真似る。
 背から感じる暴風は圧力のように感じられるだろう。
 私は奇しくも先生に守られている形になっているが。
 背中越しに地割れが広がっていくのがわかる。
 私のことを思ってくれているのか、割れていくスピードと深さは控えめにすると言っていたけれど。
 好機と見たのか、生き残っていた生徒たちが、先生目掛けて魔法を放つ。
 ……私もいるんだけど?


「お前らっ、あっぶねえな!」


 咆哮。
 のような叫びが、訓練場に響き渡った瞬間。
 自由な左腕の鎖が、ジャラジャラと甲高い音を立てながら伸びては、周囲を高速で取り囲む。
 鎖の壁。
 鎖の要塞。
 鎖の監獄。
 そんな物々しい表現が似合う状況に、私の風も、周囲から飛んできた魔法もかき消されてしまった。
 鎖同士の隙間もない程に密集されて、どこにそんな量があったのか。
 それともこれは『特性』なのか。
 頭の中では冷静に考えながら、あー……と他人事のように眺めている自分がいる。
 捕まれてる上に目の前でなんかすごい技を繰り出されたら、もうこれは降参しかなくないかな。
 鎖の檻が瞬間的に大きく広がり、先生の片腕に収納されていく。
 どう考えても質量と収納容量が合わないことを目の当たりにして、うわーって。
 手品でも見ているかのようだ。


「お前は拘束」
「ありゃ……うわっ」


 捕まれ掴み返していた左腕を鎖で巻き取られ、さらに思いっきり投げられ、体が宙に浮く。
 鎖で飛ばされた先は言わずもがな、枠の中。
 だが、受け身が取れませんよ。腕掴まれてて体のバランスが取れませんもの。


「ひゃあああ」
「っ、わー……」


 女子生徒の上に落ちるかと思いきや、鎖のおかげで吊り下げられている。
 足が生徒の頭の上に来てて本当にギリギリだが、首を捻って鎖の先を見ると先生はしっかり見ていた。
 そこは先生。
 怪我はさせないということですね。


「すみ、ません」
「い、いえ……」


 空いた隙間にゆっくり下ろされ、悲鳴を上げて座り込んでいた生徒に謝罪する。
 手を差し伸べれば取って立ち上がる。
 あーあ、捕まっちゃった。


「ヒスイー! 大丈夫ー!?」


 枠内の生徒たちの隙間を縫うようにして、ライラがひょっこりと頭を出す。


「大丈夫です」
「よかったよーっ。すごかったね! 早かった! ねえねえなんであんなに早いの!? 私先生の動きあんまり見えてなくて躱せないからそれなら自分から攻めちゃおうと思ってひたすら殴ったり蹴ったりしてるんだけ」
「落ち着け」
「ど!?」


 見間違うことなどないほどの見事なチョップが目の前で行われた。
 ライラさんの後ろから、シオン殿下とナオさんが顔を出す。
 二人とも捕まってたみたいだけど、怪我はないようだ。


「もー! 何すんのー!?」
「聞いてる割に相手に喋らせようとしないからだろ! 聞きたいのか喋りたいのかどっちかにしろ!」
「むーーー!!!」
「ふ、ふたりとも、おお、落ち着いてぇ」


 ……騒がしい。
 ライラさんが両手を振り回しながらシオン殿下に向かっていく。
 シオン殿下はライラさんの頭を押さえて振り回す腕から離れる。
 その間でナオさんがおろおろおろおろ。
 …………騒がしい。


「うるせえ」
「あ、先生」
「捕まってしまいました」


 不機嫌そうな先生が、男子生徒を脇と肩に抱え、鎖の先でマリーさんを拘束しながら来ていた。
 いつの間にかマリーさんも捕まっていたみたい。
 腕と胴体をまとめて鎖でぐるぐる巻き。
 悪いことした人みたいになってる。
 お胸が……うん。