「おはようございます。本日から新しい学年となりました」


 暖かな陽気の中、晴れて学生になりました。
 ぽかぽかと日の当たる校庭を横目に、ひんやりとした空気が残る体育館。
 全校生徒であってほしいほどの大人数が、若干の隙間を開けながら整列している。
 折りたたみ椅子だがクッションが仕事をしているので座り心地が良い。
 在校生が前から並び、編入生はその後ろに並ぶように言われた。
 そのため私は後方にいるのだが、私の後ろにも二・三人いる。
 外見は、見覚えはあるようなないような。
 編入試験で見たかな、ぐらい。
 ただ、アオイさんが気になると言っていた人の特徴には当てはまっているのが一人。
 余計なことはせず、何も知らないふりで通そうかと思っている。


「寒かった時期が過ぎ、草木は芽吹き、動物が目を覚ましました。みなさんも新しい学年となったことで、様々なことに挑戦することでしょう。――」


 前を見れば、知っている頭が四つ。
 第三王子のシオンさんと、その友人の二人。
 そして喧嘩していたロアさん。みんな同じクラス。
 そしておそらく、試験官や喧嘩の立会人をしていたヒイラギ先生が担任になる。
 シオンさんとロアさんに「またお前らとだよ」って言っていたから。
 先生としてはその台詞はどうなのかと思うが、これも知らないふりをしておいた。


「――。今年は編入生も多くいます。みなさん切磋琢磨しあい――」


 ……長いなあ。
 校長先生の話は長いというのは、どこの国……いや、どこの世界でも一緒なのか。


「――。わが校の古い鐘も、近いうちに新調されます。爽やかに響き渡る鐘の音は、皆さんの新しい一歩を後押ししてくれることでしょう」


 こういう時、座っていられるというのは危ない。寝てしまいそう。


「校長先生、ありがとうございました。それではみなさん、順番に教室に向かってください」


 ……おっと、終わったようだ。本当に危なかった。
 六学年中四学年ということで、私がいる列はまだ動かない。
 待っている間、座ったままストレッチ。
 新品でなじんでいない制服の固さを感じる。
 入寮前に顔を合わせた三人とは距離があるし、後ろの編入生たちは同じ立場とは言え話しかけにくい。
 黙って待つしかない。
 一列目、二列目、三列目……n列目ときて、ようやく動き出せる。
 教室の場所はすでに知っていても、体育館からの帰り道はまだ曖昧なので、同じクラスであると目星をつけた人について行く。


「ヒっスイー!」
「わっ」


 後ろから何かが飛び乗ってきた。
 重くはないが軽くもない、名前を呼ぶその声は、最初に見かけていたときも飛び跳ねていた人と同じ。
 薄紫色で、ゆるいパーマがかかっている髪を肩の高さで切りそろえている。
 桃色の瞳でにこにこしてる。


「ラ、イラ、さん」
「ライラでいいよう。一緒に行こ!」


 元気いっぱい。
 若いっていいなあ。例えるなら跳ね回るうさぎ。
 歩くたびにふわふわと跳ねる髪がまたさらにうさぎ。
 小柄だから、人波に見失ってしまわないように、なんとかついて歩く。


「ナオさんとシオン殿下はいらっしゃらないんですか?」
「二人は先に行ったよっ。私はヒスイとお話ししたくて!」


 好奇心旺盛なのだとすぐにわかる言動と、純粋な好意を向けられて少し戸惑う。
 悪い気はもちろんしていないのだが、年下と接するのはいつぶりだろうか。
 ……いや、考えるだけ無駄か。
 聞かれるのは他愛のないこと。
 それでも体育館と教室の間の距離では少なかったようで、配属された『四年一組』に到着する。
 すでにクラスの大半は戻ってきていたようで、みんな席に着いたり、近くの人と話していたり。
 教室に入った途端、多数の視線を浴びる。
 編入生だし、珍しさもあるだろう。
 ローブは着ていない。
 もちろん、フードもない。
 以前決めた通り、前髪を編み込みにして、左目を隠すようにしている。
 さらに長めのマフラーを巻いて、口元を隠す。
 後ろ髪はざっくり三つ編みにしているが、それでも膝裏は過ぎるほどの長さだ。
 気にしちゃだめだ。気にしちゃだめだ……。


「ナオ! シオンさま! 来たよー!」
「ライラうるせーよ。もう少し静かにしろって」


 シオン、殿下……。
 殿下を小柄に、幼く、可愛らしさを追加したような感じ。
 紫がかった白い髪が、金髪の殿下とは違った高貴さを感じさせる。
 だがその高貴な見た目に反して、第三王子は口悪めで目つき悪めなようだ。
 おまけに喧嘩っ早い。
 その隣に座る、ライラさんの双子のナオさんはおどおどしてる。
 臙脂(えんじ)色でパーマのかかった髪で、前髪で両目が見えない。
 ライラさんと桃色の瞳。


「もー、ひどいなー。ヒスイ、こっちに座ろ!」
「座らんでいい。担任は俺だー。荷物置いたら訓練場にこーい」


 すぐ後ろの扉から入ってきた声と人は、やはり、ヒイラギ先生。
 手ぶらでやってきたかと思えば、すぐに移動しろという。
 頭の上にはてなマークが浮かびそうだが、他の生徒は慣れた様子で小学生さながら声を合わせて返事をする。
 そしてわらわらと立ち上がっては、教室を出ていく。


「え」
「ヒイラギ先生のクラスは毎回そうなんだよー。始業式の後はいっつも訓練場に行くの」
「何するんですか?」


 訓練場、と言っていたが……まさかね?


「試合!」