掛け声の直後、予想通り踏み込んだのは騎士サマ。
 と、私様。


「!」


 両足に風魔法。低く低く体を屈め、ガタイも身長もある騎士サマの懐に入り込む。
 向こうは考えていた行動と違ったのか、口をうっすらと開けて、目では私様を追っている。
 肘を引いて今にも伸ばしてきそうな腕と反対側に体をずらし。
 跳ねた。


「っ!?」
「肩借りるぞ」


 騎士サマの肩は厚みがあって頼もしいな。
 と思いながら、距離を開ける。
 スタート時よりも距離を開けて、駆けださないと届かないほどの間隔が空けば、見極めの時間も稼げる。


「よっと」


 背中を向けて着地したから、くるっと正面に向き直る。
 見れば騎士サマもこちらに向いていて、じっと見ているようだ。


「どうした?」


 腰に手を当て、首を傾げて問う。
 油断ととられるような格好も、癖なのでしょうがない。


「いえ……なにか刺されたような」
「ああ、これな」


 腕を上げれば袖が落ち、掌と手首が露になる。
 そこに重なって、例の武器。


「針を刺されたのですか」
「そうだ。毒とか仕込んでないから安心しろ」


 全く仕込んでいないわけではないが。
 違和感の正体がわかって気を取り直したのか、再び構えた。
 それに合わせて私様も身を屈め、いつでも動けるようにする。
 再び、一時の静寂。
 動き出したのは、向こうから。
 地響きが聞こえて来るほどの踏み込みが私様に迫ってくる。
 自分の中では何度目かだが、私様は組み合うつもりはない。
 また同じように飛び越えよう、と考えた。
 が。
 最初の踏み込みの倍以上の距離を一気に詰められ、動作が遅れてしまった。


「おっ」
「失礼」
「っ!」


 動き出す寸前を狙われ、腹に一発食らった。
 体勢は崩すことはなかったが、人二人分は位置をずらされた。
 手を添えることしかできず、腹に魔力をためて勢いを相殺……したと思ったのだが、一発の重さは緩和されたんだかされてないんだか。
 たぶん、これは本気ではない、と思う。
 弟子に対して優しすぎるからな、こいつらは。


「ぐっ、こっわー」


 全く食らってないわけではないので、腹の表面と、呼吸のたびに痛みを感じる。
 まともな一発を食らったのはいつぶりかな。
 ちらりと痛みの原因を見れば、向こうも自分の手を見つめている。


「どした?」
「また、ですか?」
「おう」


 また針を刺した。
 だが、痛みを感じ取るか。私様も下手くそになったもんだ。
 私様もリハビリが必要だな。

 向かっていっては刺し、距離を開け、向かっていく。
 というやり取りを何度も繰り返していた時、ついに膝をついた。
 息を荒らげ、苦しそうに、可哀そうな……騎士サマ。


「ダイ、ジョブかー?」
「……っ、は……」


 私様も動き回ったから息が上がってはいるのだが、膝をつくほどではないかな。
 普通の組手なら私様の余裕負けだったろう。
 騎士サマが私様より体力ないなんて考えられんし。
 今回はもちろん。私様のせいだ。


「そ、の……武器は」
「うん?」
「魔力も、体力も、奪う……?」
「お、正解」


 この針の特性は、『吸収』。
 刺した対象の『力』を吸い取るという物。
 騎士サマには何十回とちくちく刺したから、膝をつくまで吸い取らせてもらったというわけ。


「刺すことで牽制にもなる。武器を隠しながら刺せば警戒度もあげられる。向こうが警戒すれば、距離が空きやすい。距離が開けば、逃げやすい」


 魔法が得意で、魔法を主体に戦う私様としてはこれ以上ない武器だ。
 弟子がこれを作ったのは何の因果かわからんが、これ幸い。
 弟子には私様の戦い方をそのまま教えよう。
 魔法も使えるようになっているし、なにより『逃げる』ことに特化した戦い方なのだから、弟子にはぴったりだ。


「カミル。どうだ?」
「……降参です」


 王子サマが近づいても立てないほどのよう。


「おっつかれーいっと」


 うーーーん、動き回って疲れた。
 こりゃ今日も即寝だな。弟子が。
 一つ気になることは、この鈴。
 針は私様の記憶にある通りの物だったが、やはりというか、鈴についてはよくわからん。
 魔石器で作った武器の特性は、作り主が魔力を流すことで発現する。
 発現してしまえば、他の奴が使っても行使できる。
 と言うことから考えると、この鈴の作り主は弟子。
 この体に宿る魔力は一種類。
 しかし二種類の人格。
 魔石器は一種類の魔力から二種類の人格を読み取ったのか。


「ふふっ」
「!?」


 いやあ。
 魔石器、不思議だなあ。
 研究したいなあ……。


「スグサ殿……大丈夫か?」
「ん? 顔色が悪いですよ王子サマ。体調でも悪いんで?」
「いや、俺は大丈夫だが……」
「私様も大丈夫ですよ。何もおかしなところはありません」
「そ、そうか」
「はっはっは」


 王子サマが近寄ってくるとか思ってたら心配された。
 わかってるわかってる。
 私様が笑ったからだろう。
 今でも笑ってる。
 満面の笑みだ。
 ただ笑っているだけのに顔色を変えるのはいくら王子サマでも失礼だと思う。
 そうやって距離を開けるのもどうかと思う。
 それで、なんでこうなったんだっけ。


「武器の方は確認はよろしいか?」
「ん? ああそっか。大丈夫です」


 そんな怪訝な顔で見つめられてもときめきません。
 鈴の方は……弟子に試させてからだな。
 試させるまでは王子サマたちにも内容は伏せておいていいだろう。
 そんな広めるものでもないし。
 どんな特性なのか、予想がつかないな。
 騎士サマが立ち上がれるぐらいまでは回復したところで、ぱちんと指を鳴らして≪玩具箱(おもちゃばこ)≫の魔法を解く。
 今はまだ午前中。
 一日はまだまだありそうだ。


「カミルは今日はもう終えたらどうだ?」
「いえ、このあと昼休憩をとったら仕事に戻ります」
「そうか。無理するなよ」
「ありがとうございます。では、殿下、スグサ・ロッド殿、お先に失礼致します」
「お疲れさんでーす」


 普段より動きにキレはないが、さすがに騎士団長サマ。ストイックだ。
 殿下の部屋を出る背中を見送って、王子サマに向き直る。
 王子サマはもう少し仕事するのか、机に向かって座っている。


「じゃ、私様も失礼しますよ」
「ああ。また」
「また」


 今更なんだが、王子サマとはどういった口調で話したらいいんだろう。
 と考えながら目を閉じた。





 ―――――……