夕飯時。
こうして私の部屋に四人が集まって食事することも数えるほど、かもしれない。
一回一回の食事を内心噛みしめながら、今日の講義のことを肴にする。
「スグサさんが、「これは体力づくりが目的だ」って言ってました」
「それもありますが、まずは逃げることに慣れていただこうかと」
逃げることに慣れる、とは。
私はまず、戦うことに直面しないように、とのこと。
戦うことに直面する可能性があるということからまず逃げたいのだが、戦わなくとも何かに巻き込まれる可能性は大いにあるということ。
それはもちろん、ベローズさんとの件。
何かあれば研究所に報告することになっているから、捕らえられたり傷を負わされたりすれば、報告は避けられない。
そうならないために、まずは逃げる。
無傷で逃げられればどうにでもなるから、ということ。
「今日は地上の移動がメインの様でしたので、次回からはもっと立体的にも移動できるようにしましょう。カミル団長と時間があるときは、交戦する場合になった時の組手を」
これからもハードそうだ。
「それで、武器は決まったか?」
ほっぺたをリスのように膨らませながら、自らが渡した魔石器について聞いてくる。
「まだ、ですね。武器庫は見せてもらったんですが、これっていうのはわからなくて……」
「そうか。まあ急ぐことはないからな。決まったら教えてくれ」
何にしようかな、とは考えるものの、武器を持っている自分がイメージできなくて手詰まりしている。
いっそのこと、今まで見ていないものを武器にしてみるか?
となると……なんだろう。
「食事が止まってるよ」
「はっ」
クスクスと笑うアオイさんの武器は何だろう。
殿下は片手剣を使っていたし、ロタエさんは大鎌だ。
これを機に聞いてみよう。
「アオイさんはどんな武器を使ってるんですか?」
「えーっとね、内緒」
「ないしょ……」
ウインクが変に様になっていて複雑な気持ちだ。
「ロタエ、やめさせろ」
「何度も言ってるんですけどね……」
「あれ? 不評?」
今日も食事は美味しい。
敵対するわけではないけど、その人の武器は聞くものじゃないのかもしれないな。
失礼なことをしちゃったかな。
「ごめんなさい」
「何が!? このタイミングで謝られちゃうのはなんか傷つくよ!?」
ウインクのことではないけれど、そう勘違いされている。そのままでもいいかな。
―――――……
さあ、いつも通りに復習の時間だ。
今日はひたすらに走り回っていたから、なるべく早めに済ましてやろう。
例の如く≪嘘つきな鏡≫は使っている。
以前使った時に若干の表情の変化はあったが、さてさて今日はどうだろうか。
「ひとまず、今日はお疲れ」
「ありがとう、ございます」
うん、もう眠そうだな。
器用なことに、正座したまま頭で舟をこいでいる。
想定よりも早く終わらせてやった方がいいかもしれない。
「さっさと済ませよう。今日の風の魔法を使った移動は練習しとけ。便利だから」
「はい……」
「あと女魔術師も言ってたが、立体的にも移動できるようにしとけ。体力づくりにもなるが、逃げ方には幅があった方が良い」
「わかりました……」
「……ロタエは鬼」
「言っておきます」
やめろ。
眠そうにしているがまだ辛うじて起きているらしい。
今日の復習についてはもう一方的に伝えるだけにしてしまおう。
あとは武器についてだが、これも少しだけ話しておくか。
「武器についてだがな、必ずしも戦うための物じゃなくてもいいんだぞ」
「……え?」
お、顔上げた。
瞼は半分閉じていて我ながら目つき悪いが、意識と興味はあるらしい。
これ幸いと話を続けよう。
「武器と聞くと戦う、刃を交えるとか考えがちだが、別に決まってはいない。なんだったら自分の得意な場に導くためのものでいいんだ」
「自分の得意な場、ですか」
「お前が得意なものは何だ?」
「……強いて言えば、魔法?」
「そうだろう。ならば必ずしも、戦うための武器ではなくてもいいんだ」
半開きの目が、過半開き程度にまでなった。
鱗とともに腑にも落ちたような顔に見える。まあ瞼以外の表情筋は寝ているようだが。
ここからはこいつに任せるとするかな。
よっこらせと掛け声とともに立ち上がり、立ち止まった船に近づいて手を当てる。
「今日は≪香≫を使わずにちゃんと寝ろ。明日もあるからな」
「は、い……」
「おやすみ」
目元を隠してやれば不思議なもので、すーっと寝息が聞こえてくる。
足を崩して横たえてやれば、すでに深い眠りなのか身じろぎもしない。
「さて」
私様はもう一仕事。
目を開ける。もちろん、意識の目ではなく、現実の、体の目。
正しくは瞼を開ける。
いつも通りソファーで座ってから意識下に入っていたから、体もベッドに移動させておかなければならない。
だがその前に、言っておかなければいけないことがある。
机の下のスペースを覗き込むと、かごの中にタオルを詰め、その上で寝息を立てる二匹の蛇。ウーとロロ。
寝てるところ悪いが、ヒスイが寝ているときというのはそうそうないだろうからな。
「ウー、ロロ。起きろ」
「んあ」
「ぅー」
こっちも寝ぼけ眼だが、なんとか起きた。さすが敏感な生き物だ。
「悪いな。言っておくことがある」
「すー……?」
「すーだぁ」
「はいはいよしよし」
二匹とも、かごの縁に頭を乗せてふにゃふにゃと。
頭を指で撫で……たら寝るかと思ったが、まあいいか。
「今日、シクがいた」
「……し」
「く……」
「ああ。だがあいつから接してくることはまだないだろう。来たとしてもヒスイには害はないと思う。が、見つけても構うなよ。あいつのタイミングを待て」
「……うん」
「……わかったあ」
半分寝ているが、まあいいか。
二匹の名前を再度撫で、タオルの方に頭をずらしてやる。
大半は寝ていたのだろう、こっちもすぐに寝た。
よっこらせ、と立ち上がる。屈みこむのは腰に来るな。
「私様も寝よう」
―――――……
こうして私の部屋に四人が集まって食事することも数えるほど、かもしれない。
一回一回の食事を内心噛みしめながら、今日の講義のことを肴にする。
「スグサさんが、「これは体力づくりが目的だ」って言ってました」
「それもありますが、まずは逃げることに慣れていただこうかと」
逃げることに慣れる、とは。
私はまず、戦うことに直面しないように、とのこと。
戦うことに直面する可能性があるということからまず逃げたいのだが、戦わなくとも何かに巻き込まれる可能性は大いにあるということ。
それはもちろん、ベローズさんとの件。
何かあれば研究所に報告することになっているから、捕らえられたり傷を負わされたりすれば、報告は避けられない。
そうならないために、まずは逃げる。
無傷で逃げられればどうにでもなるから、ということ。
「今日は地上の移動がメインの様でしたので、次回からはもっと立体的にも移動できるようにしましょう。カミル団長と時間があるときは、交戦する場合になった時の組手を」
これからもハードそうだ。
「それで、武器は決まったか?」
ほっぺたをリスのように膨らませながら、自らが渡した魔石器について聞いてくる。
「まだ、ですね。武器庫は見せてもらったんですが、これっていうのはわからなくて……」
「そうか。まあ急ぐことはないからな。決まったら教えてくれ」
何にしようかな、とは考えるものの、武器を持っている自分がイメージできなくて手詰まりしている。
いっそのこと、今まで見ていないものを武器にしてみるか?
となると……なんだろう。
「食事が止まってるよ」
「はっ」
クスクスと笑うアオイさんの武器は何だろう。
殿下は片手剣を使っていたし、ロタエさんは大鎌だ。
これを機に聞いてみよう。
「アオイさんはどんな武器を使ってるんですか?」
「えーっとね、内緒」
「ないしょ……」
ウインクが変に様になっていて複雑な気持ちだ。
「ロタエ、やめさせろ」
「何度も言ってるんですけどね……」
「あれ? 不評?」
今日も食事は美味しい。
敵対するわけではないけど、その人の武器は聞くものじゃないのかもしれないな。
失礼なことをしちゃったかな。
「ごめんなさい」
「何が!? このタイミングで謝られちゃうのはなんか傷つくよ!?」
ウインクのことではないけれど、そう勘違いされている。そのままでもいいかな。
―――――……
さあ、いつも通りに復習の時間だ。
今日はひたすらに走り回っていたから、なるべく早めに済ましてやろう。
例の如く≪嘘つきな鏡≫は使っている。
以前使った時に若干の表情の変化はあったが、さてさて今日はどうだろうか。
「ひとまず、今日はお疲れ」
「ありがとう、ございます」
うん、もう眠そうだな。
器用なことに、正座したまま頭で舟をこいでいる。
想定よりも早く終わらせてやった方がいいかもしれない。
「さっさと済ませよう。今日の風の魔法を使った移動は練習しとけ。便利だから」
「はい……」
「あと女魔術師も言ってたが、立体的にも移動できるようにしとけ。体力づくりにもなるが、逃げ方には幅があった方が良い」
「わかりました……」
「……ロタエは鬼」
「言っておきます」
やめろ。
眠そうにしているがまだ辛うじて起きているらしい。
今日の復習についてはもう一方的に伝えるだけにしてしまおう。
あとは武器についてだが、これも少しだけ話しておくか。
「武器についてだがな、必ずしも戦うための物じゃなくてもいいんだぞ」
「……え?」
お、顔上げた。
瞼は半分閉じていて我ながら目つき悪いが、意識と興味はあるらしい。
これ幸いと話を続けよう。
「武器と聞くと戦う、刃を交えるとか考えがちだが、別に決まってはいない。なんだったら自分の得意な場に導くためのものでいいんだ」
「自分の得意な場、ですか」
「お前が得意なものは何だ?」
「……強いて言えば、魔法?」
「そうだろう。ならば必ずしも、戦うための武器ではなくてもいいんだ」
半開きの目が、過半開き程度にまでなった。
鱗とともに腑にも落ちたような顔に見える。まあ瞼以外の表情筋は寝ているようだが。
ここからはこいつに任せるとするかな。
よっこらせと掛け声とともに立ち上がり、立ち止まった船に近づいて手を当てる。
「今日は≪香≫を使わずにちゃんと寝ろ。明日もあるからな」
「は、い……」
「おやすみ」
目元を隠してやれば不思議なもので、すーっと寝息が聞こえてくる。
足を崩して横たえてやれば、すでに深い眠りなのか身じろぎもしない。
「さて」
私様はもう一仕事。
目を開ける。もちろん、意識の目ではなく、現実の、体の目。
正しくは瞼を開ける。
いつも通りソファーで座ってから意識下に入っていたから、体もベッドに移動させておかなければならない。
だがその前に、言っておかなければいけないことがある。
机の下のスペースを覗き込むと、かごの中にタオルを詰め、その上で寝息を立てる二匹の蛇。ウーとロロ。
寝てるところ悪いが、ヒスイが寝ているときというのはそうそうないだろうからな。
「ウー、ロロ。起きろ」
「んあ」
「ぅー」
こっちも寝ぼけ眼だが、なんとか起きた。さすが敏感な生き物だ。
「悪いな。言っておくことがある」
「すー……?」
「すーだぁ」
「はいはいよしよし」
二匹とも、かごの縁に頭を乗せてふにゃふにゃと。
頭を指で撫で……たら寝るかと思ったが、まあいいか。
「今日、シクがいた」
「……し」
「く……」
「ああ。だがあいつから接してくることはまだないだろう。来たとしてもヒスイには害はないと思う。が、見つけても構うなよ。あいつのタイミングを待て」
「……うん」
「……わかったあ」
半分寝ているが、まあいいか。
二匹の名前を再度撫で、タオルの方に頭をずらしてやる。
大半は寝ていたのだろう、こっちもすぐに寝た。
よっこらせ、と立ち上がる。屈みこむのは腰に来るな。
「私様も寝よう」
―――――……



